小説「隣部屋の囚人」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私たちの監獄は壁が厚くて声は通らない。

しかし厚い壁でも必死で殴っていれば隣にも人が居るのが分かるようになる。なので私のこぶしの横っ面はすでに痣と切り傷で皮がひどいことになっている。

それでも私は、隣部屋の囚人と会話するために今日も壁を殴っている。

 

隣部屋の囚人と会話が出来るようになるまでは、少し手間がかかった。

相手が私が壁を殴っていることに気が付いてくれなかったのである。案外向こうは私じゃなくて反対側の壁を叩いていたのかもしれないが。確かに私も反対側の壁を叩いていた。しかしそこにはおそらく、誰もいない。

 

私と隣部屋の囚人は壁を殴って言葉を交わす。

ダンダンダン,

 

と打って鳴らすと相手も

ダンダン、

と返してくる。これが我々のあいさつで、朝起きて食事を与えられると私はまず隣部屋の壁に向かってこぶしを打ち付けるのだ。

ダンダンダン、

 

この監獄の食事はいつも同じもので、味噌汁に卵かけごはんである。月に一度は本の差し入れがある。読んだ本は返却しなくてもよいし邪魔になったものは、食事を与えられるときに声をかけて引き取ってもらえばいいのだ。

飯は適度にうまいし、退屈しない方法もあるし、この手の監獄に入っていることを思えばなかなか悪くない生活だと私は思っている。

 

さて私は朝の挨拶に隣の壁を殴っている。

ダンダンダン、

 

すると壁を伝って、

だんだん、

う振動が帰ってきた。私はうれしくなって、

ダン、ダダダン、ダダダン、

と打つ。これは私にとっては「調子はどうだ?」という意味のメッセージである。

私と隣部屋の囚人は、初めのころはお互いがむしゃらに壁を殴っていた。しかしやがてお互いの反応をうかがいながら壁を叩いてみるようになっていくと、

どう叩いたら相手がどんな反応を返してくるのかわかるようになってきたのだ。だから壁越しの殴打は私たちの言語なのである。私たちだけに通じる言語なのである。

 

だん、だん、だん、

と少し間隔を置いて壁を打つ気配が隣部屋から帰ってきた。「大丈夫。おおむね問題ない。」

という意味である。

 

ダンダンダン、ダンダンダン、ダンダン、

と私は壁を鳴らした。「それはよかった。」という意味である。

だん、だだだん、だだだん、だん、

と隣部屋から音が帰ってくる。「お互い今日も気を付けて行こう」という意味の連打だった。

 

私は隣部屋の囚人とあいさつを交わすと、読書に入ることにしていた。監獄の中ではとにかく規則正しく過ごすことが大切である。

畳二畳のこの独房の中には今20冊の本が転がっている。私は、毎日順番に一冊ずつ読んでいくことにしている。昼食の味噌汁と卵かけごはんがやってくるまで私は読書を続ける。

 

看守が食器を片づけに来て来月に持ってくる本のことを話して去って行ったあと、私たちはまた壁越しに会話をした。

 

ダダダダダン、ダダダダダンダダダダダン、

 

だんだんだん、だんだん、

 

ダン、ダン、ダン、ダダン、

 

だだだだ、だだだだ、だだだだ、

 

ダン、ダダン、ダン、ダダン。

 

私たちはこのようにして会話をしていた。おかげで私のこぶしの横っ面はあざだらけになっている。それでも私は夜の卵かけごはんがやってきて、監獄が消灯になるまで隣部屋の囚人と会話を交わし続ける。

そして夜半が来ると寝てしまうのだ。我々は夜の挨拶は交わさない。夜は何も考えずに眠るのだ。

 

そして朝が来た。

私は卵かけごはんを食べた後で、また隣部屋の壁を鳴らす。

ダンダンダン。

 

反応は、無かった。私はもう一度壁を鳴らしてみた。

ダンダンダン。

隣部屋は静かだった。私はもう一度時間を待って壁を叩いた。

ダンダンダン。

ダンダンダン。

ダンダンダン。

ダンダンダン。

 

隣部屋から返事が返ってくることは、遂に無かった。私は起こり得る事態について考えた。隣人は移送されたのだろうか。それと病気になったのだろうか。このふたつ以外なら、恐らくは。

 

ともかく私は知った。もう隣部屋から返事が返ってくることはない。もう返事が返ってくることがないのは分かったのに、私は何故か、まだ、壁を叩いている。だんだんだんだん叩いている。

誰も答えてくれないのに壁を殴っている。こぶしの横っ面の皮が破れて血が滲んできてもまだ叩いている。

だんだんだんだん。

 

私はさっきまでこの隣部屋に居て私の言葉に返事を返してくれた囚人のことを思って、口を開けて泣いた。