小説「映る顔はない」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

鏡を見る必要はない、私には質量がない、だから影も映らない、映らないくらいだったらいい、映っている必要がないと私が考えているからだ、だから鏡を見る必要がない。

 

おそらく鏡を見れば何かが映るだろう、でもそれが私だという判断をどうやってすればいい?私が私だと確認する方法などどこにもないのだ。誰もそれが私だと確認してくれないのだ。私は、誰とも連関していないのだから。

 

と考えながら私は今日も憂鬱な朝を迎えている。理由は分かっている、仕事に行きたくないのだ。

仕事は嫌いだ。私は職場の人間に嫌われている、私の仕事はチームワークが必要とされるものだ、なのに私は嫌われている

結果は目に見えている、私に仕事をする余地はない。私は職場に行くだけで毎日無為に過ごしている。

誰も私に仕事を分けてこないし、一日は暇だから、私は階段や廊下にモップを掛けるだけの毎日を過ごしていた。

 

私はよく人に嫌われる。どうしてだか分からない。どんな集団に紛れ込んでも私は必ず憎まれた。その集団から排除され続けた。排斥され続けた。あんまり何度もそういうことが続くから私はもうすっかり慣れてしまって、

 

慣れてしまっても嫌なものは嫌だから、

そして私は今日も仕事に行くのをためらっている。潮時か、とも思っている。また退職の時期がやってくるのだ、今までそうだったように。

 

仕事に行っても誰も私と口を利こうとはしないだろう。私と関わり合いになることは、変なにおいが服に移されるように感じているのだろう、ここの人たちは。

私もきっとそうだろうかなと考えている

私が何か嫌な空気をあたりにまき散らしているのだ。そうでなければ今までもっとうまく仕事を続けることができただろう。

私は何か嫌な空気をあたりにまき散らしている。

だから私の顔は鏡には映らない、映っていても問題にはならない。映っていることを誰も確認する必要がないからだ。

私だってそんなものは必要としていない、誰からも必要とされない顔を自分で確認する必要がどこにあるだろう。

誰も私の顔を見ようとはしないしそうであるならば私の顔がそこある必要など全くない。だから私は鏡を見ない。

 

何も映っていないのが分かるからだ。私は自分の影を見ない、そんなものが無いということが分かっているからだ。確認済みだ。

 

そんなことを考えながら私はよおっこらしょと体を起こして珈琲を淹れる準備をする。もう、辞めようかなと思ってもともかくは今日という日に仕事にいかなくてはならない。

 

私には顔が無くても、幸い珈琲の香りはそこに存在していた。