小説「稲。」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

農協が一度にやってしまった方が効率が良いからなのだが。

この、二十年ほどか。
私は年々秋になるのが詰まらなくなっていけない。稲が美しくないのである。子どもの頃を思い出して仕舞うのだ、どうしても。

何が違うのかよく知らないが、
最近の田圃はすぐ駄目になる。容易い大風ですぐ総倒しになってしまう。しゃんと立っていられるヤツが少なくなりつつある。
何がいけないのかよく知らない。だが私は無様に倒れた田圃を見て、今日も実に忌ま忌ましい。

子どもの頃、稲は私の背丈ほどもあった、
かつ宝物のようであった、光を返してくる程なのだ。

黄金が死んでもその生命を完全には失わないような、
かれサビた美しさがあった、其処には生命として土に撒かれた矜持のようなものがあった。

そして命として土に撒いた矜持の様なものがあったのだ、確かに、あの頃は確かに。
稲穂は重く垂れ茎は何処までも光を返す金属だった。

今は農協が一度にやってしまった方が効率が良いから、

稲穂が垂れたら茎が緑のままでも刈り取ってしまう。私はそれが、年々悲しくて成らない。

まだそれは命の途中なのだ、まだ生き切れていないのだ、
それが、無惨に刈られていく。私は忌々しいし、そして、悲しい。

かつて稲宝物のようだった。風が渡って波を為して。
今じゃ単なるくいもんである。