ほっとけないなといった割にはソウスケは一向に仕事机から離れようとはしなかった。そして画面に集中したまま私言う。
「お前も明日学校だろ? こんなところで夜更かししてないでちゃんと朝起きて授業受けなさいよ。」
急に保護者みたいなことを言うのだ。
正直、私の大学の学費が誰から出ているのか非常に不透明だ。私はソウスケが出してくれていると思っている。
その分私は週に三日小学生に漢字や計算を教えるバイトをして、ソウスケに食費その他としての3万円を支払っている。
と、言っても私がお金を渡すと
「じゃあ今日はこの金で飲みに行くか。」
私と外に出たがるから、私のバイト代がどの程度ソウスケの家計に貢献しているのか、これも非常に不透明だ。
こんなふうに妹とばかり遊びたがっている夫のことを妻である梓さんが面白いわけがない。この家を建てるときに、ソウスケはいずれ中学生の妹を引き取るつもりだから君もそのつもりでいてくれ、と梓さんに伝えたという。
で、はい分かりましたなんていう奥さんは明治の文豪の小説の中にしかいないだろう。ソウスケの妻にしてみれば年の離れた妹などというのはそれこそ妾でしかない。
「明日は信行と出かけるから帰るの遅くなる。もしかしたら泊まってくるかも。」
私は飲み終わったカップの置き場がないので一向に両手でもてあそびながらソウスケに伝えた。一応、保護者、もう成人したから保護者も何もないかもしれないけれど、でも学費を払ってもらっている以上保護者だ。
でもソウスケは、私の大学の費用は離婚した両親が払っていると言っている。
「離婚しようが仲が悪かろうが、親だったことには変わりないんだから最低限の責任はあるだろう。」
とソウスケは言うんだけど、果たして。ともかく住むところを提供して保護してもらっている以上ソウスケが私の保護者である。だから私は信行と出かけることを告げたのだった。
「そうか。それは寂しいな。」
手の動きを止めることなくソウスケは言った。ソウスケは言葉に感情を載せない人で、寂しい、と言っても、ベつに寂しそうには聞こえない。
「たまには梓さんと水入らずしたら。」
「お前が帰ってくればその必要がない。」
こういう言い方をする時のソウスケには私はあきれる。
「だって好きだから結婚したんでしょう。」
「そうだよ。俺は梓が好きだから結婚したんだ、でも。」
分かっている。
「お前ほどじゃない
でしょ。」
お前ほどじゃない。誰と付き合っているときでもソウスケは必ず私にそういう。だからと言って女性を付き合うことを辞めた時期は無かった。
「分かっているならよろしい。」
「そんなことばっかりしてたら今に見放されて出て行かれちゃうんだからね。」
「梓が自分の意思で出ていくんだったら俺に出来ることは何もない。」
ソウスケは一度画面をスクロールして書いたものを見直しがながら、また猛烈な速さで不備を直していく。
はたはたはた、と布を織るような音が深夜の狭い部屋に響く。
「嫌じゃないの、夫として。」
「夫としては嫌だな。人に嫌われるのは好きじゃない。」
「だったらもっと大事にしてあげないと。」
「なんだお前は、俺の妻をなんだと思っているんだ。」
ソウスケは手を止めてすぐ10センチほどしか離れていない私の顔をまともに見返した。
「私のことを嫌いで邪魔者扱いしている人。」
「嫌なら追い出すぞ。」
「梓さんのこと好きなんでしょ。」
「そうだよ。」
ソウスケは真剣な目で私を見ている。宝石みたいに真面目な両目。こういうときのソウスケは俄然、いつもより兄の顔になる。だから私は言う。
「分かるでしょ。」
私はソウスケを見つめ返した。ソウスケも私をじっと見入っている。しばらく10センチの空気を挟んで私たちはそうして黙っていた。
「分かった分かった。」
ソウスケは、5分もたったころだろうか。いろいろなウインドウを閉じてノートPCの電源を落とすと、
「お前がいじめるから奥さんサービスしに行くよ。
でもな、あしたは泊まる分には構わないが変わったことがあったらすぐに連絡しなさい。」
お休み、明かり消すぞ、と言ってソウスケが部屋から出ていこうとする。
「はあい、わかりました。お休み、お兄ちゃん。」
と私が言うと私がまだ中に居るのにお兄ちゃんは電気を切った。