ソウスケの名前のソウ、とは、祈りの器という意味なのだそうだ。
中国に国もなかったような大昔に、村に暮らす人たちは祈りを込めるために石を掘って器を作った。
大雨が降らないように、病気が流行らないように、どうにか生きていけますように。そういう願いを込めるために、石を掘って器にしたものを、ソウ、というのだそうだ。
そんな風に人から頼られるような人間になれ、と言って父が付けたのだという。ソウスケは祈りについて、
「人間の最大の発明だ。」
なんて言う。
「素晴らしい他力本願。自分のせいではないという盛大な言い訳の発明。自然からの脱却だよ。どこの野生動物が獲物が取れないのを神のせいにすると思う?祈るという行為を発明した段階で、
それは人が生物であることを辞めたことの証明なのだ。」
ソウスケは大学教授の助手をしている。だから学者なのだ。特に私に対して難しい話をするのが好きだ。私は、仕事をしているソウスケにあそんでもらおうと思って彼の好きな煮込んで作る珈琲を準備している。
「ソウスケ、珈琲作ったよ。」
ソウスケの好きなブラジル風珈琲は、鍋の中に珈琲の粉も砂糖もあらかじめ入れてぐつぐつ煮込んでからドリッパーで濾して仕上げる。
「ああ、ありがとう。うれしいな。」
ソウスケはどんなに忙しい時でも、私が遊びに行くと嫌な顔もせずに相手してくれるのだ。私はソウスケの仕事机のなんの邪魔にもならない場所を探して、
見つからなかったから直接手渡して、そして自分のために作ったミルク入りの普通の珈琲のカップを持ったまソウスケのベッドに腰掛けた。ソウスケの肩が、すぐ目の前にある。
ソウスケの部屋は三畳に壁にはめ込み式の本棚とロフトが付いていて、PC机とベッドを置くともうぎっしりしてしまう。この家を建てるときにソウスケはなるべく自分の部屋を狭苦しくしつらえたかったそうで、
「余計なものがないところに暮らして好きなだけ仕事してたかったんだ。」
と話す。
「その代りユイの部屋はいつ越してきてもいいように、ユイが好きなように使えるように、広めに作っといたからな。」
とソウスケは言ったのだった。
私たちの両親が離婚することは、私たちはずいぶん前から分かっていた気がする。私は父親には好かれていなかった。父はソウスケの母の方が私の母よりも好きだったのだろう、と私は推測している。
ソウスケの両親がまだ結婚関係にあった時に、父がふとしたことから私の母と「とても不誠実なこと」、とソウスケに言われるようなことをして、
そして止めておけばいいのに私の母が妙にそれをしつこく前に押し出してきて、だからこそソウスケの両親は関係がもつれてしまってついに離婚することになったのだと聞く。私が生まれる前の出来事。
父は私の母親よりソウスケの母親の方が好きだった。だから私がほんの小さいころから、
どう見ても私の両親の関係はとても冷え切っていた。父は私の運動会にも学習発表会にも一度も来たことがない。
土曜日の朝、発表会のために通常どおり家を出ていく私が、行ってきます、というと何も言わずに新聞を読んでタバコを吸っていた。タバコより無意味な娘。
だから私たちは両親、ソウスケにとっては父と義理の母親、がそう遠くなく離婚するだろうなと思っていた。14年は長く持った方だったろう。
14歳の時両親はやっと離婚して、私はソウスケの家に引き取られた。
ソウスケは16歳離れた兄で、私は兄にとても愛されている。