「夜の3時に目を覚ますと、祟られるのよ。
わたし、いつも目を覚ますと夜中の3時なの。だからなんだわ。だからこんなに不幸なんだわ。」
と、一人で話しているすみれの居室の山本さんは、大丈夫。私が夜勤に入っている限りは巡回の度にぐうがあ寝ている。
「でもあなたも気を付けなさいねえ。夜の3時に目を覚ますとね、祟られるのよ。
ねえ、私みたいに不幸になるのよ。だから気を付けなさいねえ。」
と、言う。
「山本さんて、どんな風に不幸なんです?」
私は除菌シートで山本さんの前のテーブルを問答無用でごしごし拭く。
この人は無意識のうちに自分の舐めた指をテーブルに擦り付ける癖があるので、
他にこのテーブルを使う人のために、私は何度だって除菌シートでテーブルを拭く。もう木肌が一枚めくれたんじゃないかってくらい、
拭く。
「ねえぇ。今日のお昼のたまごのあんかけ?
か、辛かったわよう。あんなものずうっと食べてたら、あっというまにケツ圧上がっちゃうわよお、なんとかしてよお。」
と私に言われても仕方のない文句を言うのだった。意味のない会話だ。
私は意味のない会話が嫌いだ。だから今の仕事も嫌いだ。これは珍しい事ではない。
会話が不成立な現場で働くのはお金が欲しいからだ。
お金は要らないからこの仕事を辞めたい、と言う人はどんどん辞めていく。それもそれで間違った感覚ではない。私はお金が必要だ、だからこうして今テーブルを拭いている。
それにしても山本さんは何故そんな発想を抱いているんだろうか?
私は使い終わりおしめを詰めたごみ袋を勝手口から外に捨てながら、疑問に思う。
何故、夜3時? その時間に目を覚ましていたら一体どうして祟られるというのだろうか。
不思議な発想だと思う。夜の3時に目を覚ましたら祟られる?
私は業務用石鹸で手をがしがし洗うと同僚に軽く声を掛けて家に帰るために更衣室へ向かった。
それが夜の3時だったかは分からない。
私は早番だったにもかかわらず眠れない夜に飽き飽きしてしまって、
ネットを見ているのもうんざりだし本を読む気にも日記を書く気にもなれなくて、
しかたなしに外に出ることにした。終夜営業のドラッグストアにでも行こうかと思ったのだ。
冬が来ることを、早々と予感させるような棲んだ匂いのする夜だった。
私は鍵を閉めて、息を飲んだ。
地獄の針山の様な星空。
それが真っ赤に染まっている、皮膚を突き刺した針山の頭が、てんてんと黒い空の中に。赤い星空だったのだった。
嘘だ。
普通の白かったり青かったりする星空だ。しかし私は、真っ赤に見えた。上がっている星が皆血の色に、染まっているように見えたのだ。
これか、こんな模様の空を観てしまったら。私も祟られる。確かに私も祟られる。
私は悲鳴をあげて、
一度閉めたドアを、ガチャガチャ揺すったのだ。