小説「断末魔の挨拶」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

初めて聞いたとき私は何か事件だと思って玄関から飛び出した。
何でもないよ、何時ものことだよ、と泊めてくれた友達が言うもんだから、
この町では一体何が日常なんだ、と思ったけどそれはただの犬の啼き声だったんである、私は怖気に震われたのだ。

屠殺される直前の女子高生みたいな声で啼くんだもの、
キャーアーンン
キヤーーーーー!
みたいに。私は何かの事件が起きたのかと思ったのだ。

夕方になるとあんな風に啼き出すんだよ。泊めてくれた友達が言う。よく聞いてみると犬は二匹居るようだ。

町のこっちの端からあっちの端を目掛けて、断末魔のサケビみたいなのが、

キャーーーーン、


キヤーーーーー!

と啼き交わしている。どう考えても犬の出す声では無いだろう。
しかし、どう考えても毎日女子高生が屠殺されているわけではないだろう、ここはそう言う国じゃない、有るにはあっても、毎日じゃない。

どう考えても、犬ではない声で断末魔を呼びながら、二匹の犬は夕方の町を啼き交わしている。何を思っているのだろうか。

きっとお互い姿を見たことも無いのだ。当たり前だ。なのに啼き交わすその声がお互いの悲惨な境遇を慰めあうよう。

到底犬の、声でない。
そんなふうに啼く犬の、生活は充実しているだろうか、犬にも犬の生き方がある、

ともかく、私が初めて驚いて友達のサンダル引っ掻けて玄関から飛び出したとき、
抜いた血が空の水面に分け往ったような物凄い夕焼けが私の驚嘆を、飲み込んだ。

ワイン色の夕方に、屠殺直前みたいな二匹の犬が啼き交わしている。

そして私は友達の家でおもちゃの流しそうめんを二人で使うのだ。

何もかもちぐはぐしていて、何もかも赤い空で誤魔化されている。

わたしは、そう思った。