小説「本を読む」 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

涙は、自然に流れ落ちていた。私は先を読む言葉を遮られて呼吸を何度も止めなくてはならなかった。

私は、子供たちに本を読んでいる。本を読みに来たオバサンが急に泣き出したので小学五年生の子供たちはぽかんとしている。

私は、この本を読まなくてはならなかった。否、読みたいと思ったのである。私がこの本を子供に、読みたいとおもったのである。

『ルミちゃんの赤いリボン』

"ひとつだけとまったら、
かえってくるっていったのに。"
広島の原爆で両親と自らの命を失った小さな女の子の短いお話なのだ。

女の子の両親はある日仕事を探すために広島に出掛けた。
"ひとつだけとまったら、かえってくるからね。"
そう言い残し両親は去り、おじさんの元に預けられて女のこは一人残される。

その次の朝広島の街に原爆が墜ちた。

私の涙は自然に堕ちた。

"そのひいらいルミちゃんはまいにちみなとにすわってりょうしんをまっている。

こんにちは
わたしがそういっても、

ひとつだけとまったらかえってくるっていったのに。

そういうだけ。"

私は涙を落としながらページを捲った。子供たちはぽかん、としている。
女の子はおじさんに連れられて壊滅した街に両親を探しに行き、被爆した。

そして、
ひとつだけとまったらかえってくるっていったのに。

そういって、ご両親の帰りを待っている。
私はボランティアで子供に本を読んでいるのだが、
体も心も神経も少しずつ、腐り始める頃の彼らに、読んで聴かせたかったのである。
腐りきって何も感じなくなる前に、読んであげたいと思ったのである。

既に腐って一度決算したあとの私が今この物語を読みながら涙を落としている。

"もう、これだけとまったのに。

とちいさなりょうてをひらいてみせる。"
私は涙が、落ちた。
生涯の一時期を腐りきっていた私から今涙が落ちている。
未だ、腐りはじめの、彼らが不思議そうに見ている。

原爆の墜ちた朝からずっと両親の帰りを待つ女の子の話を私は読んだ。
私は落ちる涙に遮られてところどころ勘どころを、逃した。




注釈・
「ルミちゃんの赤いリボン」
と言う本は私の子供の頃の家の本棚にありました。
作者の方が実体験を元に描いた自費出版絵本なのだそうです。
ですから出版元などの詳細な情報は分かりません。Amazonなどでもみつからないと思います。
この本は、
去年の8月9日に息子に読みながら、
涙が落ちて仕方なかった絵本なのです。