海の底のような午後に家族はみんな昼寝をしている。時間がしんしんと降ってくるような気配。
やがて深い渓谷に積もって滋養の有る泥になるのだろう。
家中が静かで安心な闇に閉ざされていた。
夫は深夜に仕事をしている。午後二時は睡眠の時間である。
二人の息子は散々遊びに費やしたあとそれぞれの部屋に上がって寝入ってしまった。我が家の裏手は深い森。陽ざしはあっという間に影をつれてくる。
つーん、
と蝉の泣く声が響いている。
緩慢な午後に私はひとり、家のなかで何も出来ずにいた。
やることはいくらでもあるのに体が動かないのだ。こう言うことはよくある。大丈夫、
深海魚が地上に誘き出されて死を覚悟するようなものだ、よく有ることだ。
私は自分の部屋の椅子にもたれてヘッドホンで音楽を聴いている。
脳の血管が海流にたゆとう昆布みたいに生きる事を、投げ出している。
緩慢な午後。
暑い日だ。
息子たちは汗をかいて眠っていることだろう。夫の部屋には快適なエアコンディショナー。彼はさらさらしている。
私はひとりで何も考えない自分を恐れている。
考えなくては成らないことは山ほどあるのに全部止めている自分を恐れている。
カンガエナサイ、ウゴコナサイ、
大丈夫、動くべきときがくれば私は嫌でも動き出す、ああ嫌だ、馬にひこずられるように私は動き出す、それまではまだヘッドホンで音楽を聴いている。
息子たちは汗だくになっているだろう、目を覚ましたらうら庭で水あそびをさせよう。
水泳パンツを履かせて。次元大介のようにホースで的確に射撃してやろう。
彼らは泥だらけにらなるだろう、そしたらそのまま風呂に入らせて、私は彼らの夕食を作る。
短い午後は雪が降るように停滞したまま駆け足に過ぎていく。
この家は陰に守られている。だからみんな目を覚ますし、私はひとり、ずっと覚めて居られるのだ。