小説「市中放送」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

小林のじいさんは死ぬつもりじゃねえかともっぱら噂である、今日も庭に軽トラが無い。

昼の日永である。炎天下である。市中放送のスピーカーから、

今外に出れば死ぬぞ
と言う意味の文言が繰り越し流れてくる。年代物の拡声器だから音の割れが本当に酷い。
がらがらごらごら空気を響く。ひび割れさせる。言っていることも半分も聞き取れない。

だが言いたいことは分かる。
今外に出れば死ぬぞ。
拡声器はそういうことを言いたいのである。熱中症になって死ぬぞ。
そして小林のじいさんの軽トラが無い。この暑いなか畑に出掛けているんだろう。

小林のじいさんは死ぬ気なんじゃねえのか。

だからもっぱらそう噂されているのである、界隈で。

小林のじいさんはもて余しものである。子供と見ると怒鳴る。(犬か。)ゴミだしの日は守らない。(注意しに行くとバケツを振り回してくる。)共有の耕うん機を許可なく持ち出す。(文句を言いに言った区長が手首を脱臼させられた。)

無茶苦茶なじいさんなんである。界隈ではみんながこのじいさんをどうするのか頭を悩ませていた。
事実地区会があるとよく小林さんの扱いについて、
が議題に上る。
そんな小林のじいさんがこの炎天下に軽トラで畑に出ている。

農作業は朝の涼しいうちに手をつけて、昼間は体力を養って日が傾いてからまたやりはじめるのが本来である。

真昼の日永に畑に出るやつなんていない。そして小林のじいさんが畑に出ている。

一体どういう心境だろうと私は思う。

あんな偏屈な人間が、死ぬときは畑の土の上にに倒れたい。
そんなまともなことを考えたりするものだろうか。
小林のじいさんの考えることはわからねえな。私は思う。

でも夕方になって軽トラがちゃんと戻ってきているのを見て、ちょっと残念に思う自分の心境も、よく分からないな、ははは。