「それで、あの間抜けな間崎は結局鬼子のせいであれだけ苦戦して、
鬼子を連れていったから命拾いしたんだな。」
間崎さんはあの後三郎彦がうちまで運んで、待っていたみいちゃんが直ぐに手当てをしてくれた。
山王さんの神主さんも心配して駆けつけていた。
「ほんにもう、ご苦労様なこってす、」
と、言った。それから一週間になる。三郎彦はさっきから柿の木の上にいて、今日は人の姿になっていて、機嫌よくお団子を食べている。コンビニから買った三色団子なんだけど。昔から三郎彦は大好きだ。
あの時以来三郎彦は急に背が伸びて髪の毛も伸びて、私より二つしか違わないのはかわりない筈なのにすっかり大人みたいになってしまった。
私はそれが、悔しくてならない。急に置いて行かれてしまったみたいで。
でもなんだか前より三郎彦との距離は近く感じるから不思議だ。
「私がなんだったの?」
私は柿の木の幹に凭れて上を見上げながら聞いた。
「だってクグノチが分けた命が鬼子の中にあるだろ? そのせいでクグノチは力を補給できたからいつまでも抵抗が出来たんだ。」
と三郎彦は言う。
「私が居たから?」
「それだけお前とクグノチの繋がりが強かったんだろう。」
すとん、と三郎彦が枝から降りてきた。私は、すっかり高くなった目線に見下ろされらのが悔しいので、逆にしゃがんでやった。三郎彦は、ふふん、と生意気な顔をしている。
「そしてお前が自分からその繋がりを断ち切った、だからクグノチは諦めんだよ。
あ、これは良い意味でな。ウブスナの代替りがこれで完了したってことだよ。」
私たちがうら庭で話していたら、玄関を回ってみいちゃんに連れられた間崎さんがやって来た。
首に包帯を巻いたままだけど、出会った時のように大きなバックパックをしょって、羽羽木を肩に担いでいる。
「お立ちになるそうよ。」
と言うみいちゃんの銀色の髪がお山から吹く風にふわりと浮かんだ。
「怪我はもういいんですか。」
私は聞いた。うん、ありがとう。と彼は答える。
「水神さま、お手ずからの手当てだからね。もう大丈夫。
大変有り難いことでございます。」
そう言って間崎さんは羽羽木を肩に乗せたままみいちゃんに両手の平を合わせた。
「もう行っちゃうんですか。」
「うん。
御玉の貰い受けはいつも時間がかかるけど今回は特に長居してしまったからね。
早く次の土地を探さないと。俺もそんなに時間があるわけじゃないから。」
「おとうさんを、食べたからまた寿命が縮まったんですか?」
「そうだね。今回は特に苦労した。」
間崎さんは朗らかに笑っている。
「間崎さん。
ここはもう、おとうさんが居なくなったからもう、この土地は死んでしまうんですよね。」
「うん土地はね。でも生命は絶えない。受け継がれる。ヒオリさんにウブスナが引き継がれたから。
何千年か、何百年か、この国に人が住めなくなっても、生命は人に受け継がれる。
例え違う土地に行っても、違う土地でくらしても、この生命は同じ生命に代わりはない。
国とは土や水ばかりをそう言うのではないよ。人が作るものが国なんだ。
だからヒオリさんが受け継いだウブスナがどこへ渡っていっても、
そこが新しいウブスナの国になる。そしてまた何千年かの後に、器使から新しい土地の御玉が芽吹いたら、新しいウブスナも、またこの土地に戻ってくるかもしれない。
ヒオリさん。俺は死んで土地を生かす。
君は生きて人を生むんだろう。きっと君のような鬼子が他にも居るはずだ。
死ぬ前に、他の鬼子にも会ってみたい。」
そう間崎が言うので、
「会えると良いですね。」
と私は言った。
「クグノチの御玉を頼みます。」
とみいちゃんが言う。いつの間にかその後ろに稲兄さんが立っていた。
「連名にはきっちりと渡りを付けておけよ。」
まだ、ちょっと、あの一件を怒っているみたいだ。はい、然りと。と間崎さんは稲兄さんに手を合わす。
皆で間崎さんを一番近くのバス停まで送っていく間、三郎彦は長くなった手足をもて余しているみたいに飛んだり跳ねたりしながら言った。
「応、鬼子。
お前子供たくさん生め。十人くらい生め。そいつら皆に鏑木のウブスナが受け継がれるからな。
出来るだけたくさん生め。お前とお前の生む子孫らが、俺が守る新しい山だ。」
三郎彦は前向きに大きく跳び跳ねて前転をした。
「いやだよ、そんなに子供生むなんて。」
「いやいや。ヒオリさんはせっかくの土地神の肝いりなんだから。そのくらい大丈夫大丈夫。」
と間崎さんが最後にそう笑ったのだった。
「無事他の土地も佳いように。」
と稲兄さんが言い、
「田の神様から言誉ぎを頂いたので有り難いことでございます。」
と手を合わせたのだった。そしてバスに乗って行ってしまった。傷ついたままの体で。白木の杖を肩に預けて。
死ぬことが分かっている旅に、笑いながら。
間崎さんは行ってしまった。
君は生きて人を生むんだろう。
間崎さんの言葉が私にはどうも、引っ掛かっている。みんなでバスを見送りながら、私はちょっと聞いてみた。
「ねえみいちゃん、私って三郎彦の赤ちゃん生めるのかな。」
「何いってんだお前。」
手持無沙汰にバクテンをしていた三郎彦は思いっきり着地を失敗した。
「何いってんだお前は!」
「だって今更人と関わって子供作るなんて私には無理だわ。
おかあさんだっておとうさんの子が生めたんだし? 私にも三郎彦の赤ちゃんうめるんじゃないの? その方がいいなあ。」
「お前な、そういうことは…、ああ、もう、姐やんなんとか言ってくれよ。」
三郎彦は変に真っ赤になっている。
稲兄さんとみいちゃんは顔を見合わせて困ったように、
「どうも間崎にへんなことを吹き込まれちまったな。」
と言った。