友人たちとの飲み会の後で私は嫌なことばかりが続いた。
まず岡村くんと飲んだ後財布をどこかに置き忘れてしまった。中には免許だの銀行のカードだの大事なものがいくらでも入って居た。
私は再発行の手続きやら口座を止めてもらうのやらに大わらわになった。
そんな迂闊な事をするやつがあるか! と父に罵られた。言い返しようもないから辛かった。
そんな中、観光客向け絵はがきの仕事は一向に前進しなかった。
私はレトロビルのカットを何度も何度も描いては送りしているのだが、市はOKを出してこない。
もっと、可愛らしい感じです。と言われて描き直したら、
こんなマンガ見たいのじゃ困ります、と突き返されたり。かといってシャープな線にしてみると、
これじゃ写真じゃないですか、と却下される。そんなことを繰り返していた。
うんざりしていた。
良くあることなのだ。
発注した側に明確なイメージがない状態で企画が進んでいるから、現実に手を動かしている人間が徒労することになるのだ。
私はうんざりしていた。
追い討ちを掛けるように、母親が階段から落ちて変なぐあいに足を捻った。そして動けなくなってしまった。
もともとかなり肥っているので、捻った部分に乗った体重が酷かったみたいである。
いたい、いたい、と念仏となえて寝たきりになってしまったのだった。
そんな母親に父が怒った。
ぶざまにも程があることすな! と言って怒っていた。
こんなときにそんな言い方ってないじゃないですか、と母親が反論して、
だらだらだらだら寝腐ってからに、
となおも怒る父との喧嘩に拍車が掛かっていった。
なんだってこの人達はこんなに喧嘩をするんだ。
両親が変貌していくことに私は怖くなった。
そして母親が動けない以上、家の事はみんな私がしなくてはならなくなった。
家事をする癖のない母親だったから実家はいつも空巣にやられたみたいにくちゃくちゃだったけれども、料理と洗濯は毎日しなくちゃいけない。
それをみんな私がすることになったのだ。
一体なんだってこんな目に。
私の毎日は味と色味を欠いて新聞紙みたいになったまま、夏があっけなく過ぎていく。
まるでラムネの空き瓶を割った途端に中のビー玉がベタベタで手が汚れて、テンション下がるような、やるせない夏だった。