実母が手術するそうです。 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

死なないそうです。
問題はそこには無いそうです。


(我々身内は、父を亡くしてから
“取り合えず死なんのんだったらどうでもいい”
を基本スタンスにやっているので、死なない以上、問題の基点は母親がどうなるのか以外の場所にあります。)


母親は死なないそうですが、
放って置いても何の害にもならないけどほったらかしにするといくらでもでかくなる、
と言う体の ナニか が体内に出来たため、

かつほっといても痛くもかゆくもなかった
ため心からほったらかしにしていたら、
心からかなりのデカさになってしまい大掛かりな手術をすることになってしまったそうです。

大掛かりな上に七十と言う年齢が肉体に及ぼす影響も未知数なため、
結構な日数入院して経過観測するんだそうです。


と、
ここまで実の子にも関わらずさも他人ごと見たいに書きましたのは、

事が発覚してから二ヶ月間、私が実情を知らされていなかったからです。

なんで知らされなかったかと言うと、

そのタイミングで私の体調不良と諸々のアクシデントが始まっていたからです。

姉も母親もとてもじゃないが私に言えなかったんだそうです。


で、
本題。
ここで問題になっているのは母親が手術を期に生きるか死ぬかじゃなくて
(糞みたいな娘だなまったく)




母親が入院している期間中に私が体調を崩したらあらゆる生活が立ち居か無くなる
(食いぎみ、あるいは切れぎみで言われた。)

と言うことの方なのです。
私が体調を壊す度に実家は息子たちの避難基地になっていましたからね。今更その基地を失ったとなると、
(姉にも仕事があるので幼児と学童を一人で見るのは不可能です。)
幼い息子たちが行場を無くす訳なのです。


↑今回の一番の懸案事項はこれなんです。


なので何としても体調戻せと言われました。
(切れぎみで。)

もう体調治す為に明日から具合い良くても寝てろくらい言われました。


つくづく情けない中年です。
んでもってつくづく人間のクズだなあと思います。

おかあさんはやくよくなってね

じゃなくて、
とっとと治して孫の面倒見やがれ。

が本心ですからね。
普段嫌いだ嫌いだと思っている人間にべっちょり頼りきってるくせに、
いざ向うが大変な時は猫の役にもならない。否、

成ろうともしない。

母親のことは嫌いですが自分の事も同じくらい嫌いです。

(でも普段息子たちの面倒引き受けてくれてありがとうございます、おかあさん!)