手紙や贈り物をするときに外せないのは、
送りたい相手の住所と名前を知っていることである。
なのに私が届けたいそのひとには、
どこに居るのかも何て言う名前なのかも分からない。そこで私は風船に手紙を結びつけて空に放つことにした。
「届くといいなあ。」
チューリップ色の紅い風船は私の手をすんなり離れてうらうらとくねりながら上空へと引きずられていった。
彼の存在意義が
昇ること
なんだからこれは当たり前だ。さも、不本意なように紅い風船はくねって小さく消えていった。
小学生のとき「はないっぱいになあれ運動」と言うのがあって、どこの誰とも知らない人へ向けて手紙を書き、ひまわりの種と供に風船につけて皆で校庭から空に飛ばした。
あの時のことを思い出す。
しかし90年代から深刻になったゴミ問題で「はないっぱいになあれ運動」はお開きになった。
はないっぱいどころか私たちの風船は何処かでゴミいっぱいになっただけのようである。
今も何処かの山林に横たわっているあの日の私の残害。
紅い風船を放った後、私は
届くといいなあ。
と思った。
どこにいるとも知れない、なんと言う名前なのかも分からない、
未来の自分。
すがたのないあなたに。
今此処に私がいていつかのあなたにメッセージを送った事が、いつか何処かにいるあなたに届くといい。
私はそう願って暑くなっていく日差しを逃げて玄関から家に入る。