私は覚えていた。
スクミズを着てスイムキャップを被った中学生。
プールサイドのコンクリの上に体育座りをして授業が始まるのを待っていた赤黒い痣とひきつれた火傷。
乾いたコンクリのざらざした感触と
そのためにオシリの辺りだけ毛羽立ってしまっていた安い学校指定の紺の水着。でもそれだけ。覚えているのはそれだけ。
露になった皮膚にプリントされていた何かの惨事の余波。
どうして私はそのことだけを覚えている? 何故他のことは何も思い出せない? 私たちは一体、本当に本当に、何についてこの夜に集まって話し合っているんだろうか?
私たちは後味が悪くなった。小田切が、
「もう一件呑み直そうぜ。」
と言ったので若ものが多そうで賑やかであろうファミレスに席を移すことにした。
看板の電飾が一分消えたままになっているファミレスに入り、私たちはフライドポテトと枝豆と鶏のから揚げを山ほど頼んでビールを次からつぎから注文した。
中学の時の話をしたくなかったので主に高校を出てからのお互いのいきさつを聞いたり話したりしあった。
私が大阪を出る時に別れた彼氏の話をしたら、
宗田さん彼氏いたのかよ、と二人して失礼な事を言うので、おまえらちょっとおもてでろ、と言ったら素直にごめんなさい、と二人は謝った。
その人とは学校に行っていた頃からずっと付き合っていた。
彼は卒業後はミュージックビデオを作る会社でカメラマンをしていた。
立川に帰ることを決めたとき、必然的にこの人はもうこれっきりになると諦めていた。どう考えても距離や時間を越えて続いていけるふたりでは無かった。
私と彼は何度か食事しながら私の帰郷について話し合ったんだけど、彼もとくに私を引き留めはしなかった。
アパートを引き払って荷物をみんな実家に送ってしまって、いろんな手続きを終えて、
カバンをひとつ持って故郷に帰る高速バスに乗りに行ったとき、それでもバス停まで見送りに着てくれた。
私たちはターミナルの自販機で紙カップのコーヒーを買ってのんで、その前日に起きていた乳児の酷い虐待死事件について話し合った。
それがおしまい。それが最後の会話だった。
彼はきっと今でもビデオカメラをかなえていろんな現場を走り回っているんだろう。私のことは、きっと思い出さない。
私はだいぶ酔っぱらいながらそのことを小田切と坂岡くんに話していたんだけど、途中から記憶がない。