長編お話「その顔に、根の跡」6 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

クーポンマガジンの会社から返ってきたカットの描き直しを終えて再び送り終えた後、私は遅い朝御飯をとるために台所でコーヒーのお湯を沸かした。

今回はなかなかOKが降りずに、
締切りを割ってしまいそうだったから焦って徹夜していたのだ。
なのに深夜のうちに再送したカットが朝一で更にチェックが入って返ってきていて、
で、慌てて書き直していたというわけなのだ。

そうして疲れきってようやくのコーヒーを飲んでいると言うのに、朝の情報番組をソファにでろんと座って見ている母親から

ぶらぶらしてないと、早く男作って結婚して出ていきなさい

と言われる。
黙れ球体。

と言うと絶対にめんどくさいことになるのは分かっているから、私はコーヒーを飲んでからさっさと出掛ける事にしたのだった。

久しぶりに本屋に行くことにした。
職業柄常に描いている必要があるので、画題になるような雑誌や画集を定期的に集めておく必要がある。
球体とのケンカから逃げるだけじゃなくて仕事する上で欠かせない用事なんである。

仕事するだけじゃなくて私は常に描いていなくてはならない。描くのを止めたら私はあっという間にへたになる。もともと能力が低いのだから、これ以上へたになったら生活に係わる。だから私は常に描く。

私は父親の車を借りて本屋に出掛けた。高校時代までよく使っていた大きな本屋さんだ。と、言っても敷地面積で言うと対したことないんだけど。

私は写真集、画集のコーナーをのんびり見て回っていた。
最近の写真集は犬や猫ばっかりだなあと思った。私は動物に興味はない。でも描く必要がある事もあるので、何冊か手に取って開いてみる。そして棚に返す。
それから藤田嗣治の画集を見つけたのでこれは買おう、と思って手を伸ばしかけたら、

「よ。」
と肩を叩かれた。ヤッちゃんが立っていた。
眼鏡を掛けていたので一瞬誰だか分からなかったけど、よく見たらヤッちゃんだったので、驚いた。
「あれ、ヤッちゃんだ。どうしたの。」
「仕事。」
ヤッちゃんは店員さんの緑のエプロンを着けていた。
「眼鏡なの?」
中学の時は目が良かったし、こないだ呑んだ時も確か裸眼だったはず。
「うん、仕事中はね。」
「へー、ヤッちゃんここの本屋さんで働いてるのね。いつから?」
「去年帰ってきてからかな。このトシで就活はキツいねえ。」
「解るわかる。」
と言って私とヤッちゃんはあはは、と笑った。
「僕、もう少ししたら昼休みなんだけど宗田さんこのあとは?」
「まったく。」
「じゃお昼食べにいかない。」
と言われたので嬉しくて、
「いいね!」
と言ったら声が大きくなってしまって、店内に響いてものすごく恥ずかしい。