長編お話「鬼子のヒオリ」の5 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

みいちゃんを起こさないよう、テレビを点けずに宿題の漢字書き取りをしていたら、玄関の硝子戸が
バンバン、
と鳴った。いよいよ風が強くなってきたなあ、おじいちゃんたち帰ってくるか分からないけど、玄関に鍵かけちゃおうかな。
そう思っていたら、
「火呑、来てるか?」
と声が聞こえて玄関の戸ががらがらと開いた。稲兄さんだった。

「稲兄さん。」
「おお日織。ちゃんと宿題やってんのか。感心感心。
火呑は?」
稲兄さんは台所をきょろきょろしてみいちゃんを探した。
「らぶらぶですなあ。」
と私は、表裏一体、と言う漢字を書きながら言った。
「大人をからかうんじゃない。」
脳天をこづかれた。
「おとなっていうの? 稲兄さん達?」
いったいなあ、と私は反論した。
「日織の感覚なら充分大人だよ。」
「そして三郎彦は充分ガキだよ。」
「なんだまたケンカしたのか。」
「私は悪くない、あいつが悪いもの。」
困ったもんだなお前達は。
「仲良くしろよ、近所に住んでいるんだから。」
「だって稲兄さんあいつが勝手に学校に来るのが悪くない?!」
私はまた頭に来たのでみいちゃんにも言ったことを稲兄さんに訴えた。
私の話を聞いた稲兄さんは、黙って私の頭をぽんぽんと弾ませた。

「なんだ火呑、寝てるのか。」
水分神がだらしない。といいながら蛇のままのみいちゃんをふところに仕舞った。
「らぶらぶですなあ。」
「大人をからかうもんじゃない。」
と稲兄さんはまた言った。

みいちゃんはミクマリノカミと言う水門の神さまで、稲兄さんは田の神だ。二人が仲がいいのは、当たり前といえば当たり前。

「山が荒れているな。」
日織、俺たちは今夜はここに居るよ、と稲兄さんは言う。
「鷲峯山の大旦那さんが来てるからねえ。」
私は、昇降機、と言う漢字を写しながら言った。

「鷲ヶ峯の旦那のせいじゃない。三郎彦だ。あいつの力が弱いせいだ。あいつが山を押さえて居られないから、木だの岩だのがこんなに騒ぐ。」
と稲兄さんが厳しい声で言う。
「ねえ稲兄さん、神さまって14歳でもちゃんと神さまやれるもんなの?」
「本来は出来る。特にあいつには日織が付いてるから。」
「私?」
私は意味が分からなくて漢字書き取りノートから顔を上げる。稲兄さんはふところに手を当てながら、土の色をした顔を私に向けた。

「日織がちゃんと奉ってやってるんだから14だろうがなんだろうが神としてきちんと立てなくてはだめだ、
山の親父さんが一番苛ついてるのがそのことだよ。」
みいちゃんも同じこと言ってたな。
「私、三郎彦のことちゃんと奉ってるのかな?」
「そうだよ。あいつはその事をもっと自覚しなくてはいけない。」
今度ひとつ説教してやるか。
稲兄さんのふところの中でみいちゃんはぐっすりと眠っているみたいだった。
あいつ、おこられてばっかりだなあ。きっと明日は機嫌悪いぞ、と私は三郎彦を思う。
明日コンビニに行っておはぎを買ってきてやろう。たまにはやさしくしてやろう。
と宿題しながら私は思った。