長編お話「鬼子のヒオリ」の4 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

娘の私からみてもおかあさんは不思議な人だ。
私はおかあさんと話したことがほとんど無い。あの人は常に在らぬところを見てる。でも何か見てる。何かは見ている。
でも私のことをちゃんと見てくれたことは、きっとない。

私はおかあさんのことをとても遠くに感じている。同じ家に住んでいるのに。
反対に、一回も会ったことの無いおとうさんのことは、なんだかとても近くに感じている。一度だって会ったことはないけれど。

不思議だ。
近くに居るひとを遠くに感じて、遠くに居るひとを近くに感じているなんて。

おかあさんにとって私は娘、と言う認識の下にないんじゃないかな? と私は思っている。

私は小さい頃からおかあさんと会話したことがほとんど無い。
おかあさんは何かってあると、そこいらをふらふら歩きまわっている人で、その間は水も飲まないしご飯も食べない。何日も何日も。
そんな風に二週間くらい過ごすと、我に返ったみたいに物凄い勢いで暴飲暴食して、そのまま倒れて救急車で運ばれたりしている。
入院することもままある。そういうときはおじいちゃんが病院に付き添っている。
私のおかあさんはそんなひとだ。

私はおかあさんと会話したことがほとんど無い。
小さい頃は、三郎彦とケンカしたこととかみいちゃんに葉っぱで草履を作る方法を教えてもらったこととか、いろんなことをあの人に話したんだけど、

おかあさんは
あら、
へえ、
まあ、

と言うだけで、何にも言葉を返してくれなかった。言葉らしい言葉を。
おじいちゃんはそんなおかあさんも私のこともあんまり好きじゃないみたい。
近所に顔向け出来ん。
よくそんな事を言っている。恥ずかしい親子なんだそうだ。頭の螺が抜けちゃったような娘と、野槌との間に生まれた孫。

こんなおかあさんとおじいちゃんだから、私は小学校でも
無かったこと

になっている。参観日と運動会の日は学校に来なくてもいいことになっているし、(行ったとしても誰もこないから意味ないの。)
家庭訪問に先生が来たこともない。

六才になるまでみいちゃんと稲兄さんがずっと面倒見ていてくれて、それが普通だと思っていて、今でも普通だと思っている。
だから小学校に入ってそれが普通じゃないと言われても、
でも私にはこれが普通なんだから仕方ない。

「貴方はネグレクトされてるのよ。」

と言われたけど、分からない。
ネグレクトはきっとフツーの家に生まれたこがヤられることで、云わばフツーじゃない家庭の子である私にはネグレクトも太刀打ちできやしないのだ。
私はそんな風に生まれて生きてきて、これからもそんな風に生きていく。
みいちゃんや稲兄さん鏑木のお爺ちゃんや三郎彦と。
あ、あいつは別にいなくてもいいけど。