小説「食腕」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

海を游いでいたら
巨大な水母が音もなく近づいてきて隣に居た仲間の魚をあっという間にその食腕に捉えていった。

仲間の魚は食腕に絡め採られたまま為すかたなく水母に引きずられて海を去っていった。
すぐ隣を游いでいた仲間だったのに私は何も出来なかった。
追いすがって食腕から助けてやることなんか出来ないし、
あいつもそのうちむしゃむしゃ喰われてしまうんだろうな、と思いながら、何事もなく自分の海を游いでいくしかすることがなかった。
私に出来ることは何もなかった。
私は一人になって海を游いでいった。

白昼夢から目覚めたらやるせない虚脱感が体に残っていた。
幻は現実の裏側を明瞭に補完していた。こういうことは何度もあった。

私は一体何度、
大切な家族や友人が崩れ落ちていく瞬間をただ見ていただろうか。
私の大切な家族や友人は何度も、幾人も、私の目の前で崩れ落ちていった、体も、心も。

私は見ていただけである。どうしてか、手出しのしようがなかったのだ。
食腕に引きずられていく魚を魚の身で為すすべが無いように、
私は大切な誰もの崩落に、なんの手だしも出来なかった。

余りの倦怠感に私は取り敢えずコーヒーでも煎れようかとソファから立つ。白昼夢の残りが体に重い。

私はやかんを火に掛けながら、
何故あの水母は私でなく仲間を絡めとって行ったんだと繰返し考えた。

物凄く悔しかった。