小説「英知の猿」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

独房の扉が開いて看守が入ってくる。
「この猿と話をするんだ。」
と言う。見ると金色の毛をした猿が一匹ひょこひょこと歩いてくる。看守は猿を私の独房に入れるとすぐ鍵を卸す。
猿が言った。

「やあ今晩は。
私の名前はマルクス・アウグスティン。
玉座なる栄光の主イエハドリエルよりの使者。
此の世で最高位の魔術師にして孤独な魂の隣人だ。」
と猿は言った。流暢な人の言葉だった。

「私は明日に死を控えたものに、最期の今夜、一つだけ願いを叶えてやるように役目を言い遣っている。」
瞬時私は立ち上がる。

「なら今すぐ私を助けてくれ!」
猿はにやりと笑った。

「私は殺っていない! これは何かの間違いなんだ。私はあの子を殺してなんかいない。無実だ。
私の願いを叶えると言うのか。ならばさっさとここから出してくれ。この死刑は不当だ。」
猿は妙にたのしそうな顔をしてまた言った。

「残念ながら死刑回避と言う願いだけは叶えてやれないことになっている。」
「そんな、馬鹿な話があるか。」
「だってそれを赦せば死刑を待つ君たちを全て野に放つことになってしまうだろう。」
「だから私は違うんだ。殺してなんかいないんだ。」
「そこは申し訳ないが私の管轄ではない。
私はあくまで死刑の回避以外の君の願いを叶える。
そのために今日ここにやって来た。」
と猿は言った。

「そんな馬鹿な…、こんな馬鹿な話があるもんか…。」
私は再び座り込んで頭を抱える。
「死にたくない…。」

目のはしから涙がたらりと、粘性をもって垂れた。

「では君の死を乗り越えよう。そうすることで君の、
生きたい
と言う願いに応えよう。そう言うことでどうだろうか。」
私は顔を上げた。猿は両手を広げて、金色の毛がきらきらと輝きだしている。

「いいかい。先ず人は死ぬとその魂は散じてしまう。消えて無くなってしまうんだよ。
魂だったものは消え去らないがね。氷が溶けて水に帰る見たいなもんさ。魂の形自体は無くなってしまう。
ただね、希にあるんだ。消え去らない魂と言う奴が。
基本的に人は生まれ変わらないのだけど、その希な魂と言う奴は個性が強いと言うのか、執着が凄いと言うのか、散じた後で再び一つの形を取り戻そうとする。
そう言う時に希に人は再び生まれてくることがあるのだよ。」
私は黙って猿の言うことを聴いていた。

「今私の力で君の魂の結束を強めて上げる。そして肉体よりも先に魂の死を届けてあげよう。無断に苦しまなくて済むんだ。悪い話じゃない、
おっと、大丈夫。魂の死の後で君の肉体もきっちりと死刑になる。誰も怪しんだりしない、私も誰からも叱られない。」
猿の毛がなおのこと耀く。

「でも、それでも私は死ぬんだろう。生まれ変わるったって、そんな何処とも知れない、誰も知らないような誰かになったって。
私が死ぬことに何にも変わりは無いじゃないか。」

「言っただろう。私は此の世で最高位の魔術師。奇跡くらいきっちりと起こしてあげるさ。
集約を保ったままの君の魂を、君の執着の強い場所にきっと届けて上げる。」
「何だって?」
猿の体が光に包まれていた。

「君が死を厭う訳、生を願う根拠の元に、きっと君を返してあげる。
そのままの形では無理だ。入れ物としての体が無くなってしまうからね。
しかし、私が一度奇跡を起こすと、代わりの入れ物くらいいくらでも用意してあげる。
君は帰るんだ、
君の生きる根拠の元へ。ちょっとだけ形を変えてね。
だから私が君の死を乗り越えて上げる。これで今夜私は、君の願いを叶えて上げられるだろう。」

そう言って猿は弾け飛ぶように閃いて消えて。
と、感じられたのは一瞬で、私は麻酔が落ちるように、そのあと直ぐ
私も自分を失った。