長編お話「東尾言語」の14 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私は
最低な、
東尾先輩のていたらくを見ていた。でも私には先輩がそこまでさいあくだとは思わなかった。
先生の事を考えたからかもしれない。
先生の弦は顕かな声をしていた。
ヒャンッ
と唸って矢が跳んだ。強い弓を引いているからだ。
筋力ではなく骨に弓の重さを乗せてね。出来なくても意識はしなさい。
と先生は言った。弦を絞った私の背後に居て、右の肩に手を触れて。

学生結婚したんだ。二年の時に。

私はもう、先生の隣に立つと言う未來がかんぺきに、無い。居るにはいられても意味は、ない。
だから東尾先輩のことをそんなに最低だとは思わなかった。東尾先輩のやりくちがどうとかではなくて、
先輩の立場がどうかと言う、そのこと。

「でも先輩一応付き合ってるっていうかたちなんですからまだましじゃないですか。」
と私は言った。意図せずして声がいぢけていた。
「ひどいなあ、後藤ちゃんは。
君はなんだよ、男はみんな下半身満たされてりゃこともなしだ、と思ってないか。」
「違うんですか?」
私は即応えた。ふー、と東尾先輩が重たい辛い息を吐く。
「違う。」
先輩は言った。
「他の奴はどうか知らない。
他のひとだったらどうだかはしらない。
でもおれは違って。
さくらさんは違うんだ。
なんだったら今の関係性なんざ要らねえ。そんな事よりおれは言葉が欲しい。」
「ことばですか。」
「そう。言葉。言語。」
十年ぶりくらいのゆっくりを使って、先輩の瞼が、
上下に放れた。
「どんなことば?」私は訊いた。

「貴方のことを、考えている。」

あんまり厚みがあるコトバだったのでまさかでも、私に言われたのかと思ってしまう。

「おれはあの人の思考の中に自分の居場所が確実に欲しい。
だがそんなものはこれっぱかしも在りはしない。」

切なく凄んだ両目の先輩は、体育館の壁に語りかけるようにそう言った。
いや、違う。
先輩は誰にも話しかけたりなんかしていなかった。それは私に対してではもちろん無かった。
空気にも雲にさえも語らなかった。先輩は誰に対しても、その人について、何も語れないのだと私は吐く息の気配から覚った。
でも、
思考の中の居場所
と言う言葉が妙に私の神経を掴む。