長編お話「東尾言語」の13 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

おれの好きな人おれのこと好きじゃないんだもん。

と、人生に絶望しているらしい東尾先輩がコンクリートに身を横たえて生と死のあわいを楽しんでいる。
「つまり東尾先輩失恋したってことですね。」
と私は言った。
「失恋じゃない。
おれはまだまだこの恋を粘る。」
「でももう結果は出てるんでしょ?
好きじゃないって言われちゃったんなら。」
「言われてない。」
と東尾先輩は言った。
「そうなんですか?」
「言われてないけど分かる。おれの好きな人おれじゃないやつが好きなんだ。」
「なんで分かるんですか。」
「おれの従兄と結婚するはずのひとだったから。」
そう話して東尾先輩は目を開いた。
先輩の視るところはとても真っ直ぐで、切れのよい目なじりがその強さをいっそのこと寒々しくさせていた。
私は心底悲しんでいる、
らしい、
その先輩の目を見ながら、あれ、東尾先輩はほんとはとてもきれいな人なのではないだろうか
と初めて思った。
先輩の顔なんて何度も見ているのに、今初めてそう思っていた。
「結婚する、はずだった?」
「死んだんだ。そいつ。」
「あら。」
「自衛隊員だったから上官に虐められて自殺したんだ。」
「あら。」
先輩の視線は更にさらに冷え込んで、瞳の色は深く、不本意な何かを飲み込んだみたいに、唯唯悲しかった。先輩の視線、それ自体が。
「それは御愁傷様でした。」
「後藤ちゃんはけっこう人のプライベートにすんなり入って来るね。」
「先輩がすらすら話してくれるんですもの。」
「うん。だって、おれ話したいもの。
喋ってたいんだよ。出来ちゃった隙間は言葉でしか埋まらないんだ。
少なくともおれはね。」
私はその、東尾先輩の何処かに隙間を開けた人のことを思った。
「でも従兄のひとの婚約者ってまずくなかったですか? 親戚になるはずだったわけでしょ。」
「うん。そいつの、従兄が結婚決めたってお父さんから、あ、山口の実の父な。
聞かされて、本家のじいちゃんとこに挨拶回りしてた時に会ってたから。
正式に式は挙げてなかったけど正月のあつまりにも顔出してたし。
別にその時好きだった訳じゃないと思うんだよね。
でもあいつが死んだとき。」
東尾先輩はぎゅっと瞼を綴じ込んだ。
「葬式に来たあのひとを見たら。思ったんだ。
あ、これで、今日のこの葬式っきりでもうおれとこのひとの関係性は終わりなんだ。おれはこのひとと赤の他人になるんだ。
そう思ったら、嫌でさ。嫌だったんだ。あのひととこれっきりになるのが。
出棺のごたごたに紛れてアドレス渡してしまいました。」
「うわあ。恋人のお葬式になんぱって人でなしじゃないですか。」
「ああそうですよ、おれは人でなしですよ。
でも連絡くれたんだ。だから飯食いに行ったよ。」
東尾先輩は瞼を強固に閉じたままふてたように言い捨てる。
「でも、あーあ。あんまりだよな。
しっかり釘刺されたんだ。そのひとに。さくらさんて言うんだ。
飯食って、さあどうしましょ、て言うときに、
“身体の関係までならいいけどそれ以上は期待しないで。”」
身体の関係、の更に上。
身体の関係それすらもなんだか良く分からないわたしには、その上にあるもの。全く想像出来ない。
「それで先輩は、どうしたんですか?」
東尾先輩はきりっと目を開いた。
「肉体関係はありなんだと言うことに釣られてほいほい着いていってしまいました。」
あんまり毅然としていたから変な風にかっこよかった。
「あーあ。」
「おれは最低なんだ。」
と東尾先輩は両手で顔を塞いだ。