長編お話「東尾言語」の2 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

大学構内の西奥に、低い山が繁っている。手入れがされていないので人が入っていく場所では本来ないけど、
高さがそれなりにあるから時々トレッキングみたいなことをする人は居るらしい。

弓道場はその森を背負う様にして大学の中心部からかなり離れたら所にあった。

何かから隠れてるみたいだな、私はおもう。

きあん、
と弦音が響く。そう言えば大学の部活とはどんなメニューで行われるものだろうか。
考えて、私は先生から3年間受けていた指導を思い出さないわけに行かなかった。

「当てることじゃなくて、
いつも同じ場所に矢が飛ぶように癖を付けるんだ。」
先生は私の右手の前に肩を斜めにして立ち、弦を引くその右手首に対して、
「曲げないで。」
と言った。

弓道場の隣に武道館があって、さらに隣に屋内プールがある。
教育課程の体育の授業にでも使うんだろうなあ
と考え私は歩く。
私が歩いている道と向かいに体育館が2つ、どちらが第一でどちらかが第二。
私は、第一だか第二だかの体育館の向こうに左に折れていく道が見えたので、
ぼんやりと歩いてきたままにのこのことその、角を曲がっていく。

「河の上の ゆつ磐群に、」
曲がったとたん私の左爪先が何かに爪づいて、
「あわあ!」
ふいだったから私は前のめりに思う様、
「草むさず、」
転んだ。
「常にもがなも 常乙女にて。」
前に投げ出されて手をついた。こんなに派手に転んだのは小学校以来だった。

声は頭の上にしごく冷静に落ちてきた。少しの間は。
私が何とか横座りしてぶつけた個所を調べていると急に、

「大丈夫か⁉」
と焦ってその人が言った。私は情けない顔で振り反る。
体育館の壁に凭れて足を投げ出して座り、分厚い本を手に持ったニット帽の男子生徒が、
半ば驚き、半ば怯えた目で私を見ている。

なんて切れそうなめ。
私が考えたのはそんなこと。もしナイフだったら実に滑らかな曲線を描いて物を裂きそう。そんな目。そんなこと。

彼が手に持っている分厚い本のことも、
ニット帽も、私は知っていた。

この人のことを知っている。
私が痛い膝に耐えているとき、私はその人を見かけた時のことを一瞬で思い出した。