公園に移動動物園がやってきた。
しかし動物園と聞くとサイやコヨーテに居てほしい私にしてみたら、たんなる飼育小屋である。
小学生などの飼育のである。
うさぎやら鶏やらがゲージの中に入っている。
今回の移動動物園はコブハクチョウが居るあたり頑張った痕跡が見えるくらいで、後のメインは
せいぜい南からやって来た尻尾の長いサルくらいである。
暑いに任せて無気力になった私はこの気力に乏しい動物園に来ている。
尻尾の長いサルは台座の付いた細い柱の上で意外に立派な牙をむいている。
ぱんつみたいな形したベルトが腰の辺りに絞めてあって、ベルトの先は鎖に繋がれているから、牙をむく位しかやることもない。
「でも動物にとってすごくストレスよね。」
と、やけに憤慨して何処かの母親がしゃべる。そうね。と連れらしき別の母親もしゃべる。
彼女達の子どもは今うさぎをだっこすべく健闘しているのだ。
「やっぱり良くないことよね。
人間の都合で動物をオモチャにするのって。
見て。あのサルさっきからすごく怒っているわよ。」
と母親はしゃべった。それを耳に入れている私はふと疑問に感じたことを頭の中で捏ねてみる。
山野に暮らす方がサルにとってストレスが少ないというのだろうか?
見知らぬ土地で餌と寝床を確保して自由を拘束されていることと?
ジャングルを動き回って無いかもしれない餌を探し、時々鷹やら虎やらの襲撃にやられなくてはいけないこと?
私は、母親達が野生動物に関してストレスなくのんびり生きていると考えていることに思い当たり、鼻から長い息が出る。
野生の方がどれだけリスクに隣り合わせの生活か、言うまでもないだろう。
きっとあの母親こそがストレスの主役なのだ、と私は呑気な母親に思いを巡らす。自分がストレス満載のリヤカーを引きずるように生きていることを、行き当たりのおサルにまで投影するなんて。
私は暑さに任せて呆けた自分の頭が考えるのを止めようとしていることに気づく。
驚愕すべきはストレスの無い状況なんて、
儚い妄想を抱いている自分を、
同じようなおばさんによって想起せられたことなのだから。