小説「トラ・プロバイダ」阿呆編の1 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私はその人とコーヒーショップで話した。
彼女はドリップコーヒーにクリームを沢山注ぎ入れている。 習慣になっていて本人は気がついていないのか。
二つ目のパッケージを開いて、中身をカップに空けて行きながら、 戦争をしないなんてことが先ず無理です、 と断言したのだった。
粘性の高いクリームだから、檻をあぶれた虫の様に、緩慢に垂れていた。
もちろんこのセッティングも死神がやってくれたものである。私は彼女に自分の10年分の余命を渡すにあたり、ちゃんと話しをしてみたいと思ったのだ。
そして今こうして真っ黒なあついコーヒーと戦っている。
戦争のない世界というのがそもそも荒唐無稽じゃないですか。
と彼女は話す。
彼女は文学系大学で法律のゼミに入っていると自分について語った。卒業論文のテーマは法史学で、日本国憲法成立までの経緯を研究するのだと言っている。
「戦争って、亡くなりませんか。」
と私は彼女に問うた。
そうです。とその人は即答する。随分真面目な人なのだ。問われたことには誠実に答えなければいけないという信念が伝わってくるのだ。
例えばシリアやイラクで情勢がこんがらがったのは何が原因ですか?
と彼女は私に言う。分からない、と私は応えた。そういう問題について私も、問われれば素直に答えなれけばならない。
私はそういったテーマにとことん弱い。だから彼女にしてみると、そういう私のことが許せない存在に見えるだろう。
彼女は言う。戦争は必要なんだと。必要だからなくならないのだと。
中東問題の端緒を追っていくと第一次世界大戦に行き着きます。
でも、第一次世界大戦の端緒を追っていくと、フランス革命に行き着きます。
さらにフランス革命の端緒はアメリカ独立戦争、
アメリカ独立戦争の端緒は宗教改革に行き着きます。
どこまで行っても必ず戦争や悲劇というのは利害と金銭問題という鎖でわっかつなぎになっていうるんです。
だからそのわっかは当然未来に向かっても続いていると考えるのが当然です。
戦争は亡くなったりしません。
彼女はまっしろになったドリップコーヒーのカップに細くてよく伸びた指先を掛ける。そして無意識の動作でゆっくりと口元に運んでいった。
私はカフェオレを飲んでいる。
私が飲んでいるものと、彼女が口に運ぶものにどれだけの違いがあるというのだろう。私が気になっていることは世界がどうかより未来がどうかよりも、
彼女が口に入れているものの方だった。
「戦争がなくならないとしたら、私たちはどうなりますか。」
私は言葉を区切った彼女に対してまた問うた。
人口が少なくなっていいではないですか?
と彼女は言う。
エネルギー問題の解決策ですよ。このまま資源を浪費し続けたら、地球がもう一つ必要だ、なんて言っていたでしょう。私は子供の頃、資源問題は月を一つ食いつぶさないと解決しないのだと教えられました。
だから逆の発想なんです。
地球が二つ必要なのと、地球の人口を半分に減らすのと、同じことでしょう。
そういう面では戦争にもいいことはあるという訳なんです。究極の省エネルギーなんです。
「ではその節約分に、もし貴方が入るとしたら、どうです?」
と私は言ってみた。
どうってことないです。
彼女は笑っていう。
自分だけ戦争に参加しなくてもいいなんて、虫の良すぎる話だと思うんです。
と彼女は話す。


続きます。