小説「トラ・プロバイダ」美人編の1 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私は暑い国に居る。何もない国だ。何がないのか、特徴がない。
お金がない。建築物に乏しい。歴史もない。降って湧いたような国。落ちている石ころのような表情の無い国。
産業もない観光も出来ない。ただ暑い。そしてそれら全ての埋め合わせのように、人口は多かった。そして暑い国なのだった。
人体にリンパ節があるように、大地にも血管が依れて流れが滞る様な場所がある。
要衝と言う。
滞るからには、そこには人と物がどんどん集まるのである。昔から長い間。
こういう場所では異種族婚姻がまま行われる。 それで、雑多な遺伝子がごたまぜになったあげくの、夢の様な美人に会うことが多いのだった。
美人を紹介してくれ、と私は死神に頼んだ。
それならとびきりのをご覧に入れよう。と死神は言った。まるで旅先で人漁りする旅行者とガイドの会話だ。しかし死神はそう言った。
とびっきりの美人を紹介しよう。と死神は言った。そこで私はこの何もない、暑い国にやって来たのだった。
とは言え美しい人物だ。彼を見たとき私が思ったのはそういう、素直な感想だった。
遺伝子の気紛れ、否悪ふざけ、いっそ呪いでも掛けられたか。 悪夢の様に美しい人なのだった。悲劇のように美しい人なのだった。
顔の造作がとにかく美しい。
それを載せている身体、胴体と手足のバランスも悪くない。
腕が長くて指が細い。足と併せると身長はアスリートのそれだ。あと10年生きたらかれをモデルに絵を描きだがる人間がわらわら出てくるだろう。すでに彼が彫刻みたいな美形なのだから。
かれは今15歳で、この暑い国に居場所を持たない、ありふれた子どもに過ぎなかった。
しかし素晴らしい美人なのだ。
彼の顔全体が宝石みたいなのだった。
色の濃い、光を良く返す宝石。その巨大な原石を掘り出して、人の顔の形に彫り込んだような。
文句のつけようのない一対の目、その上に確かな存在感でもって生える弓なりの眉。優れた鼻梁。
更に言えばあらゆる不遇に吠えるような、
これ以上ない角度で痩せた滑らかな頬。こういう国では奇跡のように、何人ともつかない彼のような美人に出会うことがある。
なかでも彼がとびっきりだ。と死神は言った。
「彼が寿命よりも10年長生したらきっとお気に召すと思う。」
と死神は言った。


続きます