小説「トラ・プロバイダ」天才編の3 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「自分で尋ねてみるがいいさ。」
死神は言った。
「訊く?
なあ私は今ここにこうして立っていて、あの彼にどう認識されているんだい?
明らかな不審者扱いされて、
無闇な目に遭うのはとても気が進まないんだが。」
私は文句を言った。
私では、死神がどんなことを行って、状況がどんなふうにいじられて維持されているのか、理解が及ばないのだ。

「大丈夫だ。
今なら彼は何を尋ねても包み隠さず答えてくれるようになっている。
本当はそういうことはしない。彼はね。というか出来ないようになっている。
なんたって天才だからな。
彼の考えていることが門外の誰かに漏れるというのは、要するに国家的損害さ。」
「なるほどね。さすがは天才だ。」
「だから彼はひとりだ。
しかし不思議なことに、僕に関して言えば 天才 という奴らがひとりっきりを悲しんだケースはまったくないんだ。
僕はそういうところを、結構気に入っている。」
死神はへんな所で人間を気に入る、と私は考えた。
そこはやはり死神なのだ。と私は考える。私が思っている様なのとは、実際酷い落差あるのだろう。
死神なのだから。

「とにかく尋ねてみるといい。君の存在は彼に認知されていない。
しかし彼は、君の言葉にならなんだって返事するのだ。」
死神は今彼にそういう 状況 を強いているようなのだった。

「何をしているんだい。」
私は机に向かったままの彼に問うた。
「計算だ。」
聴き終わる前に彼は応えた。彼の両手は素晴らしく早く動いているので、つい、口調もそれに従ったような、素早い返事だった。
「なんの計算をしているんだい?」
と私は問うた。
「効率だ。」
と彼はまた疾風のように応える。
「なんの効率を計算しているんだ?」
「密度だ。」
彼はまったく手を休めないまま、言う。

「効率だ。まったく効率が大切なんだ。
今のままではまだまだ目標としている容積にぜんぜん足りない。論外だ。こんなことではまったく話にならない。
効率だ。効率が大切なんだ。
そのために要らないものをどんどん除かないとならない。
しかしこの大きさにまで容積を増やしてしまったから、要らないものを選り分けるのがなかなか難儀なのだ。
効率だ。すべては効率のためなのだ。
効率を最大限に優先するために、僕は純粋に不必要なものを、
最高純度まで選び取らなければならない。
そのための、計算だ。計算なのだ。」

「彼が作っているのは次世代型半導体蓄電池なんだ。」
私と死神は、私の家のテーブルセットに座っている。
最初に契約の話をした場所に戻っていた。
「半導体蓄電池、かい?」
「聞いたこともないかな。」
「耳慣れない言葉だね。」

「物理電池とも言う。今の科学電池のもっともユニークな点である、自然放電の問題をクリアするために考え出された技術だ。
今ようやく実用品が出回るようになっている段階かな。
彼はそれについてもう次世代型を模索している。
今商品化されているのは、せいぜいノート一冊分くらいの容積しかないのだけど、彼はそれを、ビル1棟分の規模にすることを目指している。」
「そのことに、どんな意義が?」
話を飲み込めないままに、私は死神に問うた。
「日本が一年で使う電力を半永久的に蓄電しておくことができる。」
「へえ。」
なんて途方もない話だろうか。
「2016年の技術では電気は作ってもどんどん失われているからね。
これを永続的に保存しておくことが可能になれば、エネルギー問題は大きく様変わりするよ。
君がもし彼にあと10年の時間を与えたら、
彼が死ぬころには
第三世界で一年間に使う電力をコンテナ一個分の容量に蓄えることが出来ているだろうね。」
と死神は説明したのだった。
それは途方も無い話だな。と私は考えた。
同時に彼が死ぬその瞬間の合わせて考えた。悪くない。それは、非常に、
食いつかれやすい天才だ。

「うん。いいと思う。
では僕の余命を10年分削って、あの天才に譲渡してほしい。」
「よろしい。
それでは君の余命は残り50年分だ。」
死神は機嫌をよくした。


続きます。