「とにかく笑わせておけばいいのです。」
と「人間失格」にものした太宰治はやっぱすげえなあ
と思いますが、同時に
「人間というものがさっぱり分からないのです。」
というのもそりゃそうだよなあと 思う今日この頃。
自分が太宰治賞に拘っているのは、
※単になんども落ちているからムキになっている
※生涯で一番読んだ本が
「斜陽」か「行人」(夏目漱石)か「フラニーとゾーイー」(サリンジャー)
のデットヒートだから
というだけのことですが、そうはいってもしつこく狙っております、
太宰チャンプ。
もういいかげん2016年でなんとかせんならん。ブラジルにオリンピックも行ってしまう。
しかし拘っているというなら、たしかに自分も対人間について
なんだこいつ~~~~!!
(↑ジョイマン。 ウォンビンビールビン。)
と思うところがあるからで、だからこそえげつないくらい斜陽再読するのも
「なんだこいつらは。」
と思うからなのです。
こういうのはまっとうな精神のやり方ではない。しかしこれも自分の掛け替えのない感受性だ。
小説はきっと悪党がすることです。
善良な方は小説をする以外にもなにかなさっていることがたくさんあるのでしょう。
悪党には小説くらいしかすることがない。大村上春樹が悪党かどうかは分かりません。
仮にまっとうな精神のやり方が理解できないのだとしても
自分はそれを根拠に小説をやっていくしかない。
ようは他のひとより上手に書けばいいのだから。