ゆーぞー君と言う同級生が居て、
実は殺してやろうと画策していた。
ゆーぞー君がものすごく嫌いだったから。
ゆーぞー君は体が大きくて乱暴物で、みんなの机やランドセルを、けっとばすくらい造作もなかった。
体が大きくて力が強かったから先生たちももて余していた。
ゆーぞー君は誰の言葉にも従わなかった。
ゆーぞー君を嫌いなのは何も私だけではなかったはず。
私は、いつのひかぶっ殺してやる。
と思った、
しかし同時に
でもそんなこと無理だよなあ。
と思っていっこ前の席のゆーぞー君の背中を眺めたりした。
例えばここに包丁を突き刺そう。
台所にあるやつを一本持ち出して。
ゆーぞー君の背中に包丁をぶっさすところを私は想像する、社会の時間。
と、そんなことは出来ない、と一瞬で悟る。
道徳よりも正義よりも私の腕力が殺害を拒む。
そんなことは出来ないと、命の尊厳よりも我が他ならぬ肉体が具体的に諭す。
私はこのゆーぞー君の肉体が、動かなくなるくらい包丁ぶっさす力なんて無いぞ。
そういうことは分かっていた、どんなに馬鹿でも、四年生。
合理的に考えたらひとは殺すもんじゃない。
では合理の向こう側にあれだけの人間が居ることについて?