おれの家は寺をやっている。
結構昔からある寺だ。かといって歴史的な価値はない、単純に昔からあると言うだけだ。
昔の寺には坊さんではないけれど、掃除とか飯炊きとか雑用をしてくれるおじさんが住んでいることがあった。
おれの家にも昔からそうして庶務を手伝ってくれる、宅森さんという一家が住んでいた。
本堂の裏に平屋が一軒つくってあって、それが宅森さんの家だ。家と言うのは大げさなくらいだ。
小屋である。物置小屋だ。実際本堂を貸して法事をするとき、膳やら座布団やら出してくる。
そんなむちゃくちゃな建物に、宅森さんと宅森くんが、おれの知る限りずっと昔から住んでいた。
「宅森さん」はおじいさんのほうで、「宅森くん」はおれと同い年の男子だ。
宅森くんは‘事情があるので’学校には行かないのだが、学校から戻ると、いつも居るから、おれは毎日宅森くんと遊んでいた。
夕方。
学校から帰った夕方。
宅森くんがどうして学校にいかないのか。
宅森家がどういう事情で未だにおれんちの寺で暮らしているのか。
おれはなにも知らなかったのである。
11才のその日まで。
おれはいつものように夕方、宅森くんと参道の石段でぐりこをやったりけんけん上りをやって遊んでいたが、宅森さんの方が
「ご飯ですけえ、もどりなんせえー。」
と寺門の向こうから呼ぶ声がした。
「弘斗、飯食ってこいって。」
石段の下で宅森くんが言う。
「おお。じゃあ先に。お前んち後で持ってくから。」
宅森さんちの晩飯は、家の台所でうちのおばあちゃんがまとめて作るので、俺たちの食事が終わったらおれが、飯櫃とおかずを入れた鉢をおれが宅森くんちに持っていく日課だった。
「かやさんようにしんさいな。」
うっかりして落とすな、とおばあちゃんに言われた。はあい。と言ったら住職であるじいちゃんが、
「しゃんとした返事をせい!」
と厳しい。
おれは反射的に勝手口から飛び出す。
宅森さんちは、あの信じられない住居で、今時ちゃぶ台で飯を食う。おれが食べ物を持っていくと、入り口の土間に宅森さんが居て
「ああー、すんませんなあ。ありがたいこってす。」
と言って荷物を受けとる。
いつもなら。
その日。
おれが
「ごはんー」
と言って入り口の引き戸を開けたら、
森があった。
本堂の裏は森になっている。
おれと宅森くんは夏にはカブトムシ探して、秋には椎の実を拾う。拾ったら宅森さんが一晩水に浸けてから、鍋で煎っておやつにしてくれた。
が。
宅森さんちの‘中が’森になっていた。
引き戸を開けたら、宅森さんちが消滅した。
「ありゃ、坊っちゃんもう明けなったかな。こりゃあ、はやいはやい。先代さんでも中学校にいきだいてからだったのに。」
きょとんとしたまま振り向いたらいつもの宅森さんが居た。
「取り敢えずお前んちの方に行こうぜ。和尚に話してもらおう。」
でもそう言ったのは宅森くんの方だった。
おじいさんの宅森さんの姿が消えた。宅森くんの姿も、やっぱり消えた。
「なんだあ、お前にはもう明けられたか。こりゃあ思わぬ法力があるかもしれんなあ。」
家の仏間、じいちゃんの部屋でもある場所でおれは話を聞いた。
驚くべきことに目の前には狸が、
座布団の上に両足たたんでかしこまり、まさか湯飲みの茶をすすっている。
「宅森っちゅうのは、まあ、先祖が調伏した化けだぬきだ。」
「はは。跡取りさんにはこのなりで初めてお目にかかる。」
なんて狸は畳に手をついたりなんかする。
指の小さな、甲の小さな、動物の手を。
「まあ要するにこいつが裏の森で悪さばっかりしょおってな。
村の衆が困りなるけえ、仕方ない、先祖がとらまえて灸を据えたわけなだが。」
「は。そこででしてな。私が初代さまに臥して命乞いしましたわけで。いや恥も何もありません。寺の住職に調伏されては係累の所にどうして戻れましょうや。
どうか弟子にしてくださいませと。
二度と悪さはいたしません。必ずお役にたちましょうと。
そんな次第でございます。」
狸に、流暢に説明された。
「うちのもんには宅森の化かしが自分で破れたら、話すように代々しとった。
わしが先代からこのタヌキの本性を聞かされたときは16にはなっとった。してみるとお前は早いなあ。」
おれの家には、先祖代々狸の幼なじみがいるのである。
狸は老人と子どもの姿に化けて、寺の仕事をしたり生まれた子どもの遊び相手をするのだ。
「なあ、おれのお父さんが小さい時も、やっぱり一緒に遊んでたの?」
境内の柿の木に登っていた時おれは狸に聞いた。子ども狸。
「そうだよ。今度、ものすげえ弱味の話、教えてやるよ。」
狸はぺりぺりと笑った。
こういう動物は人の姿になるときその名も 化けの皮 を被るそうで、
気を抜くと剥がれそうになるからぺりぺりなるのである。