小説「嵐のあと」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

台風なんて言い方はしない。
大雨と、それを連れてくる大風である。
谷間に広がる野に造っていたセリの村は、丸二日続いた大風で熨されたようにつぶれてしまった。
三日めの朝が来た時、セリは自分はもう死んだのだと思っていた。
でも背中の上に落ちてきた梁と葺き草を父がどけてくれて、目の前が明るくなった。
やれやれ、私は生きたのだ。
とセリは思った。母は弟を抱えたまま屋根に潰されて死んでいた。
一家で揃って死んだ家は少なかったけれど、一家全員助かった家は一つも無かった。
二人か三人はどこでも命を落としていた。
大風が済んで穏やかになったよりも、人の数が減ったことから村は息が枯れたようになってしまった。
「死んだものを埋め終わったら、ここは棄てよう」
嫁と乳飲み子の孫を無くしたオサドノは沈痛と言うより、めんどくさそうに言った。
「ここを棄てて、どこに行きましょうや。」
オサの同年であるクラクマが訊く。
「イサナは生きておったな。取り敢えずあいつの郷を頼ろう。」
「オサ。イサナは浜の生まれた。おれどもが住み付けるとも思えんが。」
「浜に居着くつもりはない。おいおいあのあたりに手頃な山を見つけて、また村にするさ。」

村人にはひたすら気が乗らず、手間だけが掛かる日々がしばらく続いた。
死んだ家族のために穴を掘って、また埋める。
何度でもそれを繰り返す。
赤ん坊を無くした母親が、母親を無くした赤ん坊を引き取ったが、引き取り切れない子どもは仕方ないが死なすしかなかった。
大風に壊された家を片付けて、鍋釜や斧や小刀など、使えそうなものを荷造りした。
村中が暗く鈍っている間にも、食い物は必要だから山に入ってふるい落とされた椎の実をあるだけ拾った。
「よし、明日には全員で経つぞ。」
オサがそう言いはなった時、月の形は大風の前よりずいぶん痩せていたのだった。
「さあその前に、最期の後片付けだ。」
村にはマツリカタが居た。
マツリカタと言うのは嵐を避けたり木の実りが良くなるように、毎日山河に祈っている役目のものだ。
大風を提げてくれるはずだったのに、今回こそはこの様である。
マツリカタは村に置き去りにされる。
村を潰した後始末に、ずっとこの場所から動けないのである。
オサを中心にして村中が取り囲む中、マツリカタは地面に顔と手を突いてぴくりともしない。
「この災いが、お前と共に後を着いてこないように。」
そう唱えながらオサドノがマツリカタに石をなげた。
これがマツリカタに対する後始末の儀式であった。
「この災いがお前と共にこの地に留まるように。」
こう言って別の男が木っ端を投げる。
「こいつが死んだものとつねにあるように。」
「こいつが呪いをみんな持っていくように。」

そう言いながらみんなで石を投げつけたのだった。
そして新しい土地を目指して旅に出る。

マツリカタは一人遺されるけど、
村が無くなっても山や獣はそのままだ。
彼は一人で罠を使って獣を取り、木の実を拾って冬に備える。彼は孤独だけれど、この山地の王ににわかになったよなものである。
不注意の怪我さえなければ、老衰するまで難なく一人で生きて行けたのだった。

ところで、マツリカタが死んだ後何百年かして、かつてのセリの子孫達がそうと知らずまたこの谷に移り住んだ。
彼らはこの場所に先祖が残した呪いを知らない。
同じように家を造り、村を営み、

やがてまた大風に襲われる。
何故ならそこには、幾年月かけて塗り固められた人の怨訴が、村そのものみたいにしてずっとあるのだから。