国道沿いのバス停は、山の上の集落に続いていくものと
直接登山道に向かうものと2種類あって僕は後のほうを選んだ。
高速バスをつかって1時間半、道が整備されたお陰で楽な移動だった。JRの止まる集積場みたいな駅に降りて、出身地に向かうバスを待った。
しかし2時間に1本くらいあると思っていたバスは、不定期運行バスに変っていた。それは住民共用タクシーという、地域で私物化された貸切バスになっていたのだった。
「今日の便はもう終わっちゃったよ。」
とバスターミナルの事務員の方が教えてくれた。
“バス”はその実ワンボックスカーのことで、使いたい人があると運営会社に電話予約して、任意の日時を抑えるのだそうだ。
でも周縁の村でそのワンボックスを利用するのは9割が年寄りで、用途の9割9部が病院に薬をもらいにいくことだった。
だから予約制だなんていっても、いつ何時に車を動かせばいいのか完璧なタイムテーブルができてしまっている。
必要な時だけ車を動かすことが出来る。乗るか乗らないか、人がいるのかいらないのか予測が付かない路線バスよりは理にかなった乗り物なのだった。
それはともかく今日はもう動くバスがない。
僕は明日、何時にバスが動いてくれるのかを事務の人に尋ねた。
「何時にどこに行きたいの?」
逆に聞かれた。
「正午過ぎまでには大夫山の登山口にまで行きたいんです。」
「へえあんなところに。久しぶりだなあ、もうバス停ないかもしれないよ。」
そういいながら、本来とっくに定年を迎えているはずの男性は手早くカウンターの電話をとって誰かと相談を始めたのだった。
こういう人達の話し合いは、合間合間に挟み込む楔がたくさん必要だ。
と、僕は経験から分かっていることを改めて目にする。
話し合いは双方の口下手によって、スムーズに進まないのが常なのだった。
僕はカウンターのこっち側に並んでいる高速バスの案内票と、特急列車のチケット割引の広告などを指で捲ってみて、このルートでこの路線を使ったら、
どこで降りてどんなことができるかな、何が食えるのかな何が見えるのかなと
“ぜったいにしないそういうこと”
を空想して時間を紛らした。
20分は掛かったと思う。やっと、さっきのおじさんが電話を負えて、明日の朝8時にだったらここにバスが来てくれることになった、と僕に言った。
朝の8時。願っても無いな。それだけ早ければいろんなことができる。
だが本当は今日のうちにお小屋まで行くのが僕の目標だったのだ。
予定は完全に転覆している。路線バスが消滅したと聞いた時点で、既に完璧に。
僕は現在地に宿泊所をとることなんて考えもしなかった。そして今夜お小屋に一晩泊まる予定だった以上、それが破綻した現在僕の今夜は野宿するより他無かった。
「すみません。待合室一晩借りでもいいんでしょうか。」
僕は少し卑屈に感じながら、さっきのおじさんにもう一度訊く。
「なに、あんたとまるところないの?」
はい、と言い、僕は自分の金銭的な現状を話し、ホテルを使うような出費はかなり負担だということを、とりあえず包み隠さず伝えた。
「かまわんよ。」
おじさんは耳の後ろをかきむしりながら、なぜか感極まった渋い表情で頷き、また頷きしてそういった。
「深夜便を使う客も夜通しいることがあるから、まったく構わんよ。
ただほかの客と揉め事を起したって、
わたしらは何もあずからんからね。」
とおじさんは言った。その言い方は的の中心から大きく反れながら、しかし人間が持ちうる共感の根幹を、しっかり捉えていることをじわり煮出して僕に告げた。
僕は礼を述べて、駅ビルのほうに引き返した。そして立ち食いうどん屋で100円の掛けそばをもらってから、コンビニで142円の出自不明な発泡酒を買った。今夜はバス停で夜明かしだ。
僕の中に濁った血と軽い血がのろのろと対流して交じり合おうとしなかった。
故郷の近づいたという気持ちと、これを最期にやっと故郷にけりを付けることができるんだという気持ちが、
一瞬置きに吹き上げたり沈み込んだりした。
もちろん僕は落ち着かなかった。