小説「私は大丈夫ですか?」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

怪談あそびと同じ要領だった。
また一人戸口から出て行って、
そのために部屋の中がさっきよりもう少し暗くなった。
どうして暗くなるのかは分からなかったけど、
それが人の少なくなるのと関係している、彼女はそれだけ理解していた。
「どうぞ。」
彼は促した。どうぞ、あなたの番ですよ、と。
カルチャースクールの講演室みたいな場所だった。
彼女とはじめ何人も居た参加者は樹脂で出来た白いテーブルと備え付けの椅子に座って、自分の番が来るのを待っている。
彼はしろいのとくろいのが五分五分に生えて、
遠くからだと見事な銀色に見える、長い髪をしていた。
そしてそれがもっとも目立つ緑色のスーツを着込んでいる。相当年が入っているはずだけど、緑の下の身体が一切くたびれていないことも、参加者全員は理解していた。そうとしか見えなかった。
参加者は最初の三分の一になっていたけど。
彼女は促されたように、彼が座っている椅子の前に立った。彼は参加者よりも一段高いステージに乗っていたので、
彼の頭は立っている彼女の顔より上に見えた。
「5年くらい前です。同じ職場に勤めている人が結婚して。」
参加者は、
『一番気がかりなことを話せ』
と彼に促されているのだった。そしてひとり、ひとり、その、気がかりなことを彼に告白しては、一人ずつ部屋から出て行った。そしてその度に灯りが薄らいでいくのだった。
「いえ、結婚したんでなくて結婚が決まったんです。
37歳。私達はみんなその人と同じ年でしたから。37、8でしたから。
同じ仕事をしている人が先に結婚してしまうのはとても悔しいことでした。
誰か言い出したのか、みんな同じことを考えていたのか。
いえ、どちらもじゃないでしょうか。
送別会をセッティングしてみんなでその人をレストランバーに連れていったんです。
“もうこれでなかなかお酒飲んだり出来ないんだから、
今日は思いっきりのもうね!”
そんな風に言いました。私たちが誘ったその人は、あまり乗り気ではなかったんですが、
いえ、違うんです、
だから私達は居酒屋ではなくてレストランにしたんです。
でも飲み放題プランであらかじめ予約していたから、アラカルトがどんどん運ばれてくるのにあわせて、私達はアルコールもたくさん頼みました。
その人は、あんまり飲みたそうにしなかったんです。ソフトドリンクばっかり飲んでいました。
お酒に弱いから、だめなの、と、そう言っていました。
でも私達はだんだんそれが疎ましくなってしまって、
何よ、せっかく誘ってあげたのに、みんなの好意を無視するの、自分だけ結婚するからって私たちを見下してんの? そうよね。分かるわ、ほんとによく分かるわ。
と、誰となくそんなふうに言い出して、そうなるとその人も何も言えなくて、
結局アルコールハラスメントということになりました。集団でむりやりお酒を飲ませたことになりますから。
私が気がかりなのは、あとから聞いたんですが、その人は実は妊娠していたって。
本人も知らなかったそうなんですけど。
次の日からもうその人は会社に来なくてそのまま辞職してしまったんです。
あの、
私は大丈夫ですよね。」
彼女はそんな風に話した。最期の一言は彼の顔色を伺うというのか、
いや、何を言われるか分かっているから必死で媚を売っているのが本質だ。
彼は至極やさしく微笑んで、彼女に応えた。
「もちろん、だめですよ。」
それを聞いて彼女はがくりと床にへたばった。
背骨をいっこいっこ繋げている線がみんな切れたみたいだった。糸操り人形がそうなっても、きっと同じような姿じゃないだろうか
そんなふうにへたばった。
かれはステージから降りて彼女に優しく声を掛けた。
「一番気がかりだったことを話しなさいと言ったのに、あなたも結局自分のことを言いつくろおうとしましたね。
あなたの話したのは気がかりとは違います。
確信です。あなたは確信を持ってさっき話したことをしましたね。私はあなたが一番後悔をしていることを聞きたかったのです。
しかしあなたは自分が一番隠し通したいことをここでも露見してしまった。
あなたはみんな分かっていてそうしたのです。
だからもちろん、だめです。あなたは許可を受けられません。
さあ、もう順番は終わりました。この部屋から出て行きなさいね。」
彼は最期はちょっと哀しそうに、今まで参加者が出て行ったのと同じドアを指差した。
彼女や他の参加者が座っていたのと同じ、樹脂で出来た
透明な扉だった。
へたばった彼女は意思が抜け落ちたみたいにふらふら歩いて、
透明な扉から外に出て行った。これで部屋の明かりはまた少し暗く落ちた。