魔法使いがこう言った。
「さあ、右の扉は一生金に困らない暮らし、
左の扉は死ぬまで幸福に過ごせる一生。
どちらか一つだけ選んだら、それの扉を開く鍵を上げよう。」
「ねえそれはおかしな話ではない?」
と彼女は言い返した。確かにおかしな選択肢ではある。
「ねえ肝心なことがわざと二つに分けられているわ。
いじわるなことをするのね。
これは分かった上で行っている嫌がらせだ。
あんた提示した条件は、二つ揃ってないと効果を発揮しないもので、
それをわざわざ二つに分けて一つしか選べないなんて、
これは明らかな悪意だわ。」
「少なくとも善意ではないね。」
魔法使いは言った。
「何せ私もこれが仕事だ。善意で他人の洋服を洗濯する人間を見たことがない。
善意でもって働く人間は、すくなくとも見たことがないね。仕事は自分が生きるためにするもんだ。
だから貴方に示す選択肢も、
私が自分の生きていくためにすることだ。」
「噺は違うけどどちらも選ばないという方法はないの?
こういう割りに合わない噺には極力関わりあいになりたくないのだけど。」
彼女はまたしても言い返した。
「それは生憎。貴方がこういう意図で私に相談を持ち替けて、
私は前払いとして貴方の過去と扉のこっち側にある未来をもらってしまっている。
貴方には後ろに下がる権利もないし、
かといって左右のどちらかの扉を選ばないといつまでもここから出られない。」
聞けば聞くほど割りに合わない話だと彼女は思った。
「貴方は憤慨しているけどね、結局はたんなる価値観の問題だよ。
いや、単なる好みの問題とも言えるかな。
つまり貴方が金に執着しているか人に執着しているかという問題じゃないか。
それがはっきりしてれば迷うことはない。
右を選べば一生使い放題の金にありつけるし、
左を選べば一生失わない人間関係に出会える。
どちらを選んだとしても貴方に不都合はないと思うのだけど。」
「でもその材料になるはずの私の過去はもうなくなってしまったわ。
貴方に譲ってしまったじゃない。
これじゃあ私の価値観が何処にあったか分からない。
私が欲しがって貴方に頼んだのが、金か人か、
判断することが出来ないじゃないの。」
「それはだから、私も善意で働いているわけではないから。
加えて言えば私は自分の商売を前金にすると決めているから。このほうが気に入られるんだよ。
貴方は貴方の抱えているからっぽに詰め込むものが欲しいといって私に相談した。
過去はもうないけど、
貴方から空っぽは消えていないはずだけど。
貴方に残っている空っぽに尋ねたら
左右のどっちを選ぶのかはすぐ決まると思うけど。」
なるほどそれは確かだ。間違いのない理屈だ。
彼女はそう思って、今度は迷わず鍵を決めた。