小説「手放し」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

当時なすすべのなかった私たちにとって

自転車は、絶対だった。自転車に乗れないと全てが無いのだった。

コンビニもファミレスもアミューズメントもショッピングモールも存在しない子どものころ。
私たちに出来たのは田んぼの中の農道
(田植え機や耕運機やコンバインが通るための道。本性は単なる

なのでいくら舗装してもすぐ凹む)
を、自転車でただ走るだけだった。

「学校終わったらけいちゃんちに集まるぞ!」
などと言っても、けいちゃんちに集まってやることは、
ただ自転車で農道を走り回るだけだった。
でもなんだってあの頃、
自転車乗り回すのがあんなに楽しかったんだろう。
夕方で風が藁色して涼しかった。
私たちは時として、自転車に乗りながらなんと言うこともなくげらげらわらったのだった。

時として吉川君が見事な手放し運転を披露して、
その様が可笑しすぎたので、げらげら笑いながらみんなで真似した。
自転車の手放し運転はどの子もなんなくこなしていた。


私だけが、
今に至るまで手放しで自転車に乗ることが出来ない。