いまだ根強いコレクターも多いと聞く、
絵本作家、画家
エドワード・ゴーリー
著「おぞましい二人」
という本が最近大好きです。
(とりあえずこの時点でものすごい言い方だな)
こちらは氏の記念すべきデビュー作で、
それ以降の作風とは一線を画く
字数のおおい作品なんだそうです。
自分はこの本を図書館に行くたびにいっつも立ち読みして
(借りなさいよ。)
↑借りたら返さないではないか
(↑最低な利用者だ!)
何度読んでも大好きで、でこないだアマゾンでいよいよ実物を購入しました。
まあひどい話です。
生粋のワルである男女のカップルが
ふたりの人生をかけて
子どもを何人も殺して野原に埋めた
実話を元に描かれた文字通り
「おぞましいお話です。」
そして、そんなおぞましいお話が、なんでこんなにも自分の心を引き興味をそそるのかと考えた。
殺人狂の暴挙に憤る自分が居るのかとも考えた。
否、
おれは、
徹頭徹尾どこかで知らない誰かが生きたり死んだりすることにしか
興味を持たない。
んだと思ったのです、さっき違う本を読んでいて。
どんな本を読んでいたのかと言うと、
「自分のジャンルを決めなさい。」
という所謂執筆者マニュアルなんでしたが。
おれのテーマとはなんだろうか。
それは終始一貫して
人が生きたり死んだり殺されたり殺したいなあと思う
そのモデル(=模型化された情報)
を、ただ見ていたい。
おそらく戦車やガンダムのプラモデルが好きなのに近い心情でしょう。
それ自体には
誰かが死んだり生きたりすることが関わっているけど
興味は「それ」そのものにしか、
使い方がちがうかもしれないが
兵器(ガンダム)の持っている【実存】にしか興味がない。
おれは人の生き死にに関して、
実際死んだのがだれか
ではなくて
単に命が一つ消えた
誰かが意図的に消した。
そこに働く、感情や関係性のトラブル、それに動かされる欲求
そんなものにとにかく非常に興味を持つのだと思います。
。。。。。。。。。。
最低だな。
しかし本音としてはおそらく真実です。
とにかく自分は本当は人間に興味を持つのだけど、
人間全部に興味を持つのが大変だから
「とにかく、この中に命がいっこ入っているのならいいや。」
と思うのでしょう。
自分のジャンルは
命が無くなっていく過程や
意図的に消し去ろうとする信念と計画力です。
だからきっと自分はこれからも
現れる命より
消え去る命のお話をよりたくさん書くんだと思うのです。
(でも、ちら見してくださる方が居たら
がちでうれしいす!)