小説「桜福 オウフク」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私は、春になると、
問答無用でハイテンションになるから毎年いけない。
しかしこの麻薬にも似た色とか薫りとかいっそのこと
景色
の効果は絶大にして逃れようも無く、
今この瞬間にも開ききった桜の下を
うひゃっほう!
と叫んではぐるぐるぐるぐる回りだしたくてたまらない気持ちになるのである。
何せ春ははつ恋をした時期であるから。
小学校に入った年に、周辺地域にあまりにも子どもが居なくって、
一応集団登校なんだけど、集団の中には
私と3年生の瀬田くんしか居なかった。
瀬田くんは去年まで6年生と4年生の何人かと一緒に学校に通っていたんだけど、
6年生は山の向こうの中学に行ってしまったし
4年生だったヒトは、なんでだか学校に来なくなってしまったし。
そんなわけで私が1年生で学校に入った時、
集団登校の班は私と瀬田君だけになっていたのだった。
登校班は、登校、するときだけで学校が終わって帰るときはみんな別々でばらばらのはずだったんだけど、
なんだか分からないけど私と瀬田くんは夏休みの手前くらいまで
下校の時もずっと一緒に通学路を家に向かって歩いていた。
確かに子どもが少なくて1年も3年も同じクラスでいっしょくたなんだけど、
それにしても瀬田くんが、
「おい加村、帰るぞ、家。」
なんていうから、何も言えずに、うん、とうなずいて瀬田くんのあとを付いていくのだった。
今となってはこう思う。
きっとどっちかの親か先生が、小学校に入ったばかりの私について、
慣れるまで下校も付いてやれ
と言ったんだろうと思う。
一緒に並んで道を歩いていても、瀬田くんが何か喋るわけでもなかったし、それに瀬田くんは確実に、男連中と一緒に遊べないことを恨んでいたと想像できる。
でもその点を考慮しても、
ある日まったくの気の無さで、房ごと落ちていた桜のつぼみをふと拾い上げ、
「ほら。」
と手に持たせてくれた仕草。
用水路沿いの桜並木を、ランドセルかついでただただ一緒に歩いたあの明るい夕方。
今のわたしの、
何を犠牲にしてもどんなものを削り落としても
あの瞬間には二度と出会えない。
死んでもう一回輪廻とかをやらかしても
おそらく無理でないかと思われる。
あのくらい「それ以外」の無い恋は無理だと思う。
私のはつ恋はこんな風に、無意味で盛り上がりに欠けるものなんだけど、
それでも未だに、
春が来ると、
私の心は騒いで踊り出して駆け巡りたくて、
どうにも押さえが利かなくなってしまうのである。