森本泉が女性について語ってみたりしよう | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

女という生き物については
まったく分からない。


だから自分という生き物についても
未だに分からない。
社会的な肩書きというのは大切だ。
社会というのは人間を相手にするということ。
とりあえず夫の相棒とか息子のおっかあという肩書きがあってくれるから自分についてどうにか人に説明することが出来るけど、
もしそれが無くなったら
人に自分をどう説明したらいいのか
森本はあっというまにパニックを起すと思う。

女というものは分からない。
何が分からないかというと、主に
*なぜ集団に参加しているという状態が重要なのか
*なぜ着飾ることが重要なのか
*なぜかわいらしいことや見栄えがすることが重要なのか

↑ということかな。

自分はこういうことに多分一桁年齢のころから明確に興味を持たなかった。
だからどんな「グループ」にも入っていたことが無かった。

女性という人達はグループ分けをとても大事にすられるので、
一旦グループに入ると抜け出すという選択肢がないし
グループに入れないという状態はそれだけですでに
かなり致命的なことだ。
と森本泉は女のひとたちを見ていて思う。めんどくさ。

きっとみんな自分の「カラー」というものが自力ではっきりしているので
自ずと自分と同じ「カラー」の人達が凝集していくんだと思う。
自分と同じものを引き寄せるための、
撒餌のような、それ自身が個性のような、
女子という人達。

おそらく自分は自分と同じカラーの女子に出会えなかったんだと思う。
赤とか白とか黄色とか。

森本泉のカラー、それは必ず
「どどめ色」
だ。

↑はい、今「なにそれ!?」と思った方、大丈夫です、ちゃんと解説します。

「どどめ色」というのはですね、森本泉を生み出した人達が日常的に使っていた色調名詞なんですが、どんな色かといいますとおそらく
雑巾とか靴下とかを
使いすぎて手の施しようが無い
くらいのステイタス
になった時の色

ですかね
(それが私の色かいや。)
↑YES!!!

おそらく自分は児童期に個性の発達というものがおそろしく鈍かったためになんでもかんでも混ざった状態
というのが必然的に自分の「カラー」に落ち着いたのだと今は思います。
さすがに居ないだろう、カラーがどどめ色の女の子
(居たらお父さんの哀しみが深そうだ) ←そして死んだ父の悲しみは
                          当然深かった。

そう考えると女の人たちというのは
自分に対する「理解」の発達が早いという特徴があるんでしょうかね。
だとすれば森本泉は
死ぬ2年くらい前になったら
女という生き物について理解が及ぶようになるかもしれない。