「お義父さんは、最期なんておっしゃったんですか?」
じいさんの納骨が済んで酒飲んだり寿司食ったりした親戚が、
みんな帰って行ってぐちゃぐちゃの居間を片付けながら、母がそんなふうに聞いた。
そんなに丁寧に片付けるつもりがないらしく、
食べ残しが乗ったままの皿を、無意識にそうしているみたいにゴミ袋に放り込んでいった。
「なに。なんにも特別なことは言われていない。
いつも言っているようなことだったよ。」
「そういえばじいちゃんと父さん何かってとよく二人で話してたよなあ。」
とスポーツニュース見ながらタバコ吸っていた兄が言った。
「うん、まあそうだ。
実はな、お前たちは覚えていないだろうが、わしのじいさんが死ぬ時も、親父がおんなじように言って聞かされたそうだ。
おい、いいついでだ、お前らも聞いとくか。」
と父が言うので、僕と兄はどんなことか、何か重要な話なのかと、
思わず二人とも足を正して父に向かったのだった。
が、その所謂「じいさんの遺言」であり「ひいじいさんの遺言」であったものの内容とは、
“蔵にある箱をけして開けてはいけない”
という、まったく意味の分からないものだった。
「何? それ。」
と僕は聞いた。
「知らん。」
父は無碍に答えた。実際本人もその遺言の真意をまったく心あたりが無いようである。
「親父はとにかく、蔵にある箱は絶対に開けるな、とそう繰り返すばかりだったなあ。
それで、ひいじいさんもおんなじだったそうだ。」
「それでお父さん、本当にその、箱っていうの開けてないの?」
「そんなものは当たり前だろう。
何回言われたと思っている。しかも自分の親が死に際にな。
それだけでも別に、開けようなどと思わんよ。」
「ああ、おれそういう話本で読んだことあるなあ。」
と再びだらしなく足を伸ばしてタバコに火を点けた兄が言い出した。
足というならこの人は自分よりも大分長くて骨も太いので、確かにきちんと畳んでおくには窮屈なんだろうと思う。
「うちとまったく一緒だな。東北のほうの昔の家でな。
先祖代々けして開けてはいけないと言われている箱があって、家主が受け継いでたんだと。
でも近代に入ってから、どうしてもその箱の中身を見てみたいという奴が現れて、で、周りが止めるのも聞かずに開けてみたら、」
「開けてみたら、どうしたのさ。」
僕は義務的に相槌を入れた。
「何にも入ってなかったさ。もちろん。
正確には、ふっるいこ汚い端切れが入ってたんだと。
それだけ。民話学の本で読んだな。うちも大方そんなとこだろうぜ。」
「昔の人は端切れ一枚、木っ端ひとつも大事にされたということよ。
なんでも捨てずに大切にされていたということでしょう。」
と台所から新たに仕事に戻った母が言った。そして、だらだらだらだらして、ちっとも片付かない、と、葬儀の接待一切を受け持った苛立ちを我々にぶつけた。
「お兄ちゃんにお嫁さんでもいたら、こきつかってやったのに。」
と恐ろしいことを言ったのだった。
実は自分と兄はその数年後、蔵に入ったんである。
「どうせ何も無いんだから、ちょっと見てみよう。」
と兄が言った。
でもじいさんたちが止せっていってるんだぜ、と僕は一応止めたのだ。
「いや、もし何かまずいものなんだったら、この先自分の子どもらに置いて残してもしょうがないだろう。俺とお前はいい時代に生んでもらって、知識も経験も付けさせて貰ったんだ。
ぼちぼちなんとかする頃合じゃないのか。」
と兄は言った。そして僕は、それもそうだな、と思ったのだった。
蔵にある箱、なんていっても、どれだかわかりゃしないだろうとも思っていた。
箱なんていくらでもあるだろうから、と。
が、実際はものすごく分かりやすくその「箱」は蔵の一番奥に仕舞われていた。
蒔絵、というのか。蔵の奥一直線に床の間みたいに一段高くつくられている場所があって、
そこに布を書けた台座がさらにあり、その上に箱はあった。
僕はけっこうドキドキしたんだけど、兄はものともせずに箱の蓋を開けた。
推定何百年も誰も開けていないはずだから、おそろしく埃まみれだった。
「意味はあるんだろうが、おれたちにはさっぱりだな。」
箱を開けた兄は言った。
「何が入ってるんだ?」
僕は聞いた。
「古文書だ。というか、それしか分からん。字が崩され過ぎてて、まったく読めない。
ただ、一枚一枚違うことが書いてありそうだなあ。
手紙、か、もしかしたら帳簿とかかな。
おそらくこれはご先祖の恥ずかしい恋文か、でなけりゃ踏み倒した借金の借用書だ。」
「なるほど。だったら確かにあけて欲しくない訳だよな。」
その時僕たちは知らなかったし、もちろん父も、あるいは祖父ももう伝えられて居ないことだったかもしれない。
「はこ」とは本来竹で編んだ蓋付きの入れ物を指すそうだ。
「箱」じゃなくて、竹冠に呂、と書くらしい。
木で出来た蒔絵の箱じゃなかったんだ。竹で編んだ丸い形のものだったのだ。
ちなみにその時僕はその時何気なく、手近にあったその丸いもの。
の蓋を取った。その時はそのまま、ただ蓋を閉めてしまった。
しかし僕はそれ以降ずっとその
「中身」
から逃げ回っている。
レンタカーを乗り捨て、電車を使い、時には力の限り歩きながら。
ちなみに
はこ
の元々の意味の一つに「汚物入れ」というものがあるようだ。
そのくらい、
外に出してはいけないものが入っていた
のだったと思う。
もし遺言が正確に伝わっていれば。
もし兄の言うことに気軽に乗ったりしなければ。
もうそんなこと言ったってどうしようもない。
僕は逃げ回りながらこうやって記録を残しているけど、
いったいどうすればこの文書が兄の子どもに届くのか。
検討もつかない。
「中身」
の足音はすぐ後ろに迫っているくらいだ。
どんなポストに投函することが出来るだろうか。
でも僕はどうにかして兄の子孫にこのことを伝えなければいけない。
真実を知らずに今も僕を探してくれているはずの、
のんきな兄の家族のために。
竹で編んだ丸い入れ物の蓋を
あけてはいけない
のだと。どうにかして伝えるために、
そのためだけに僕はこうして奔っているのだ。