校長先生というのはなんのために存在しているのかと
高校を卒業するまで一貫して分からなかったみたいに、
我々子どもにしてみればそれだけ遠い存在なのだけど、
実際近所の退職した校長先生にそんなことを話したら悲しそうにされた。
我々子どもに共通して認知されているであろう
校長先生の属性は
「どうすればあんなにつまらない話を
10分も15分もできるのだろうか」じゃないだろうか。
母校の高校では校長の話が始まるとそこここでストップウォッチをオンにする気配があり、
終わるととたん
ぴ。 ピ。ピ。 ピピッツ
みたいに一斉に測った時間を確認している。
校長先生の話は永遠に
「校長先生のおはなし」
以外の何ものでもなく、校長先生は
「校長先生のおはなしをするひと」
以外の何者でもないという、つまり出口が無い。
と言う話を数年ぶりにあう従兄にしていたら、こんなことを言った。
「おれの小学校では一時時期校長室がほとんど空き部屋だった。」
校長室が空室とは?
「その時の校長先生が、やたら学校中うろうろしているひとだったんだ。」
と従兄は言った。
例えば花壇の草取りとかサッカーゴールのサビが浮いているのを直したりとか
その辺に落ちてるゴミ拾いとか体育のあと体育館に忘れ物がないか見たりとか、
つまりべつに校長先生がやらなくていいようなことばっかり
やたらしてまわるような先生だったんだそうだ。
「だからその頃校長室がたまり場になっていて。」
と従兄は言う。
普段校長先生が出払っていて誰も居ないものだから、
先生のいない自習時間とか昼休みとかに
従兄ほか数名はおそれおおくも校長室をいいように使って遊んでいたと言う。
そんなこと、すぐにばれてしまいそうなものだが、
なんとも鷹揚な学校というべきか、いつまでたっても露見しなかったので、
そのうち従兄たちはスナック菓子やゲームを持ち込んで、
キャビネットにそっと隠していたと言う。
「で、別に変なことでもないんだが。」
スナック菓子がなくなっていることがあるようになったそうだ。
最初は明らかに量が減っているだけだった。
原因はなんとなく分かるにしても、誰に言い出せるということでもないので
そのままにしておいた。
やがて隠しておいたポテチのかわりに、かりんとなどがそっと置いてあるようになった。
「食べてたんだろうな。」
どっちがどんなふうに悪いということであり、どっちがどう悪くないという話でもあったので、
従兄達は校長先生が定年で辞められるまで、
なんとなくびみょーな距離感を保ちつつ、ついに何も顕かにしないまま
先生のその後は知らないと言う。
「でも、校長室でそんなことしたのなんて、
それ以後絶対になかった。」
と従兄が言った。
そりゃないだろうなと思う。想像もつかない。
我々子どもの感覚では校長先生は
「校長先生アプリ」
がやればちょうどいいくらいのものであって、
生きた人間がやっていると言うのはちょっと異様な感じがするのだった。