その人は買い物をしない。
全部、自分の身の回りに集まってくるものだけで生きて、日常を行っている。
魔女は財布を持たない。
魔女がスーパーのレジに並んでいるのを、誰も見た事が無い。
きっと欲しいものを呼び寄せる魔法を使っているのよ
なんて噂があって、その人は「魔女」と呼ばれているのだった。
魔女のところにはなんでもあった。
今日のおやつに食べるケーキとか、花壇の秋桜を摘んでくるための鋏とか
ちょっと暇だから読んでみるかな、という本とか
今年一番話題になったDVDとか。
「向こうから勝手に持ってくんだよ。」
魔女なんてたいそうなことお言いでないよ。とその人は言った。
魔女の家には毎日誰かしら人の入りがあった。
煮たかぼちゃを鍋ごと持ってくる人や、ちょっと囲碁をひと勝負どう、
にょうぼ怒らしちゃったからかくまってね、
鉤針編みのしるしが読めなくなってしまって、
おかあさんがしいたけほしたのもってきなさいって、
でも何も言わずにやってきて何も言わずにずっと居る人間も多いのだった。
魔女の家は宅地よりもたんぼと畑の方が断然多い小さな村の、
そうは言ってもたんぼのど真ん中にあった。
藁を置いておくような小屋だったのをいじくって、
無理やり住めるようにした冗談みたいな家だった。
ふっ、てしたら崩れ落ちそう。昔のコントみたいに
膝から全部壊れて消えてしまいそうなおんぼろの家を、
みんな変るがわる立ち寄って折に触れて屋根直したり窓直したり
花壇の草を取ったり金魚鉢の水を替えたりして、
なんとなく皆そんなふうに、魔女の家を維持している。
「あんたらからじゃんじゃん寄ってくるんじゃないかよ。」
とその人は言った。あたしが言ってやらせてるわけじゃない。
あんたがたが自分で寄ってきてるんじゃないか。
「だから、あんたも、自分に必要があって来てるだけなのさ。」
あたしになんか期待するのはやめとくれ。とその人はいった。
「いいかね、あんたは自分のそのぺっしゃんこの腹んなかに何か入れるために、
腹に入る何かを探してふらふらしてるから
ついでにここにも寄ったりするのさ。
そんで何か見つかったかい。見つかったならよし。
さっさと次あたりにいっとくれよ。」
この家はなんというか、辻みたいなんだ。
いろんな人の暮らしや欲求や緊急の線が、偶然交差するところに立っている。
みんな何かしら必要があってここに来て、
何が必要とも知らずにここに来てしまう。
皆がこころにかかえているうつろを忌むで、
どうにかしてしまいたくてこの家を訪れるのだ。
この家は魔女の王国で、私達は鳥みたいに忙しなく、
休むところが無い身を嘆きながら、
今日も誰かしら引き寄せられてしまうのだ。