小説「掲示板」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

腰が抜けるとか膝が崩れるような気持ちはあった。
最初くらいは。 左はじから右下までつぶさに読みなめて、補欠の番号まで三往復した上それでも、
そこに「私」を示す内容が見当たらんのだから、これはもう仕方ないと思った。 不合格だった。
ここに落ちたらもはやどの大学にも受からない
程度の学校に私は落選した。崖っぷち、にいた私は転落、したのだった。なんだかやけに清々しかった。
入れ替わり立ち代わり番号を確かめに来る高校生達に遠慮して、私は後ろに退いてあさからぬ、しかし重くはない息をひとつ吐いた。
吐ききったあたりですぐ隣に男の子が立っているのに気付いた。彼はフリスクを口に入れようとしていたが、
入れるのと同時くらいに向こうも私の視線に気付く。
「食べます?」
ほとんど反射によってかれはタブレットを私の方に差し出した。
「ありがとう。」
儀礼のつもりだけで私はその小さな粒を一かけ受け取った。
「さっぱりしますよ。」
と彼は言った。
私達はしばし刺激的なミントの香を口いっぱいに溜めたまま、何という言も交わさずにいた。
「受験生ですか。」
とその男の子が聞いた。遠慮がちなのは、私がとっくに高校生などという年齢ではないからだろう。
「そうです。」
「どうでしたか。」
「結果?」
「はあ。失礼じゃなければ。」
「落ちましたよ。受験番号、無かった。」
お先真っ暗よ。と、いう感想は頭の中だけで言った。
「そちらは。」
彼はどこの学校か分からない匿名的な学生服を着ていた。
「僕もです。落ちました。」
「ああ。」
「見事に飛ばされましたね。参ったな。」
我々は何を言うともなく、一時の清涼感が口腔から嘘みたいに消えていくのを待っていた。
なんでもかんでも、こうして嘘みたいに消えてしまうのだ。
消えたことに気が付いた時には、それがあったことさえ疑わしく思える。
「残念ですね。おたがい受かってたら同級生だったのに。」
ほんとうに。
そんなことを言いあって、私と彼は別れた。
それ以前がそうだったように、それ以後もまったくどことも知れない道に。
それぞれが行くべき道のとおりに。
何十年かたってみると、このたった一瞬の彼のことを、なんでか忘れられない自分が
いたりするのである。