小説「犬と悠々たる心」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私は住み込みの仕事をしている。初めて3ヶ月くらいだろうか。待遇はなかなかだと思う。
私は仕事をするのは初めてだから他のケースは知らないけど、それにしても悪くないと思う。もっとも同業のひとたちの中に、2件以上仕事するケースはあまりない。
2回もするような仕事ではないからだ。2回目があるということは、1回目に何か問題が起きたということだし、それにそもそも私たち同衾業者はあんまり長生きできないし。
私は同衾業で生活しているのである。
一緒に住んであげるのだ、依頼者の人に。
お客様は寂しいのだという。
ひとにはいろいろな事情があって、家族がいない人とか家族が居ても一緒には住めないことが多いの、と学校の先輩が話していた。
「ちょっとした時に、横にいて物音を立てるものに飢えることがあるのよ。」
彼女もきっとその更に先輩から聞いたんだろう。私達は学校で、依頼人に迷惑がられずに一緒に生きていくすべをこんこんとしつけられる。同衾業はそれ自体が負担になってはいけないのだ。私達は、お客様をまぎらわすのが仕事なんだから。
仕事のうさを。
孤独な日常を。
このまま死んでいく恐怖を。
私たちの存在でいくらかわぎらわすことが出来るのだそうである。お客様方はお簡単でいいな。同衾するこちらとしては、ピンチやアクシデントに対する不安はいつまでも消えない。多分死んでしまうまで消えない。消えないままで、ずっとずっと生きていく。
私のお客様は毎朝同じ時間に仕事に出かけていく。非常に速い時間だ。非常に速い時間の車に乗らないと間に合わないくらい遠くに出かけるのだ。
その間の私の生活は、概ね自由ということにはなっている。自由に部屋を使って、自由に食事を取ればいいのだと。
しかし私は、自国ではまだまだ珍しい「学校出」なのだ。そのへんがちょっと違うのだ。
私は基本的に自分の部屋から出ることはない。依頼人は部屋を汚されたりものの位置を動かされたりするのがきらいだ。だからたとえ自由でも、基本自分の部屋からは出ない。
私のお客様はいいひとで、私の部屋はなかなかいい部屋だ。狭くないし、かといって広すぎない。おてあらいもしっかりしている。
私は自分の部屋に居て、のんびりしたり趣味に時間を使ったりして過ごす。ご飯も出来るだけ決まった時間に摂るようにしている。健康に過ごすこつなのだ、と学校で教わった。
夜大分遅い時間になるとお客様が帰ってくる。一日留守番をしているのだから。私としてもお客様が帰ってくるのは嬉しい。
「おかえりなさい。」
私は嬉しくお客様を向かえて、
「今日のお仕事はいかが? 」
と訊ねる。
お客様は答えない。疲れているのだ。無理もない。こんな時間にまでなるのだもの。
お客様は冷蔵庫から好きな飲み物出して、暗い顔をしたままリビングのソファに座った。私は後についていって、隣に座る。
こういうところがこつである。
手や肩がしっかり触れるくらいに座ってはいけないのだ。触れるかどうかぎりぎりなくらいの隣。こういう座り方をすると、お客様は私がイヤにならないし、かつ私がそこに座っていることに気が付く。
お疲れでいらっしゃるのねえ。
私は小さな声で言った。
お客様は私に気付く。ああ、そうだ、こいつがいるんだった、と。
「ごめんな。一人で寂しかったかい? 」
などと言って、背中のあたりをなぜてくださるのだ。わたしは、うーん、いい仕事! と思う。満足する。
あるときお客様がもうひとり同業者を連れてきたことがあった。私よりも毛が長くて体も大きな人だった。
その人は、どういうわけか私とやたら親しくしようとするから困った。
同衾は基本個人的な職業だ。ペアを組んですることじゃない。私はそう思っている。同僚が現れたからと言って仲良くする必要があるとも思わない。
「なにこいつー、感じわる! 」
とその人はお客様に訴えた。感じの悪い人だった。
それにその人はどうもあまりたちのいい業者ではなかったみたいである。
同衾業者のモットーは、お客様のプライベートを犯さず、なのに。
同僚はなにかとお客様にまとわり付きたがった。ねえ、どこかに出かけましょう。あそこに行きましょう。あれを買いに行きましょう。
そんなことばかり言っていた。お客様も困っている様子だった。今は忙しいからなあ。ご飯を食べながらそんなふうに話す。
だめな人だ。お客様に無理を言って困らせるなんて。なおかつそれで自分までふてくされるなんて。
やっぱり私みたいにちゃんと学校でライセンスをとっているのとは違うみたいである。
しばらくして、お客様は同業者を返してしまったみたいだった。その人はおうちから居なくなった。
お客様に残ったのは私だけ。
「どうも上手くいかないな。」
お客様は寂しそうに言って、私の背中あたりをなぜてくださる。
私もなんだか切なくなって、親しみの思いを込めて精一杯しっぽを振って見せてあげた。