小説「車と狂っていく心」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

耕運機のことを
「テーラー」
と発言してその場の全員から哄笑をくらった俺のあだ名は、「方言」と決まった。当然。
多分、田舎というのはヒエラルキーがあるんだと思う。そしてそれは北東西へと向かって低く流れていく。
農村部出身といっても青森秋田、あるいは富山福井、新潟。そういう地域はなんとなく箔みたいなものを感じる。
否、皆が感じているように俺が感じているだけかもしれない。しかしそういう視線は必ずある。北の田舎は親分格なのだ。
そして西に下がりきっていっそ九州にまで至ってしまうと、それはそれでなんというかブランド力みたいなものがある。歴史的に中央から隔たりすぎてしまっていたので、逆に独自の経済と文化が発達しているから。どこにも負けない何かがここにもある。
問題なのは、北でなく西と東の間。俺が生まれたのは四国だ。そこに華はない。花は咲いていても彩はない。どこをとっても一番になれない無記名の田舎、後進のムラ、否。一番にさせない、先進にさせない、という空気の下で俺の大学生活は始まったのだった。
ホーゲンの実家ってまだ人力車? と聞かれたことがあった。
そんなわけあるか。せいぜい軽トラだ。そう答えたら、
「やっぱりなー。」
と言う。何がやっぱりなのか。そして軽トラに笑うべき点は一つも無い。
ゼミコンで田舎の話してくれというから、稲刈り時になると山間部はイノシシの被害が大きくなるから、イノシシ避けグッズ、ネットとか鳴子なんかを近所のホームセンターで売るんだ、と言ってやった。イノシシ、と言う単語は非常にうけた。
首都圏にある私学だから、こういう言い方はなんだがみんな育ちのいいやつばかりだ。この場合、俺は「いい育ち」ということに必ずしも好意を持って語るのではない。
わけても一人、父親が企業の役員をしているんだか都庁の管理職なんだか忘れたけど、そういう奴がいた。そいつはいつ見ても辟易するくらい金回りが良かった。で、あるからには人間も群がっていく。
しかし俺がそのことに辟易していたのは、そいつの取り巻きが樹液に誘われたカブトムシみたいな奴らではけしてないことなのだ。金や服や持ち物よりも、そいつはメンタル的な才能で人に訴えるのに長けていた。人間関係の利害や不和の流れを交わして空間を乱すことなく風通しをよくする手腕が実に見事だった。そいつはなるべくして何もかも持っていて、そしてまったくの善意で人に愛された。
そして俺は、そいつにたいして顕かに「そうでない」自分のことを、農村出身だから初めからなにもかも違うのだ、
そう思った。そう思おうとしてしまう自分がいた。俺は恥じて歯噛みするくらいのは日常だったのだった。
20歳になった祝いに、そいつが父親からジャガーのなんとかいう新車をあてがわれたという話にゼミ生が色めいた。ある日。
「もう一つ古いモデルのほうが良かったんだ、俺。」
そいつは実に残念そうに語る。エンジンの効率がどうとかステアリングの感度がどうとかこうとか滔滔と語って聞かせる。もともと言説が上手いやつだからみんなしっかり聞きほれている。女は愛想だったにしても、男は完全に引き込まれていた。俺はその輪には加わらず、今日使うレジュメを真剣に読んでいる、という態度を貫いた。俺はその輪には加われない。
教室の空気が完全に
「ホーゲンはジャガーが何か知らないんじゃないのか。」
というそれになっていたからだ。だから話に乗ってこないんじゃないか、という空気がその場に絶体にあったからだった。だから俺はどうしてもその会話に参加することが出来なかったのだ。
ジャガーが自動車のメーカーなのは知っている。新成人の記念に新車を買ってもらうことが段違いだということも分かる。
でもその後どうして自分があんなことをやったのかは、未だに分からない。
俺は何故あんなことをしたのだろうか。あるいはそんなことを目論で上手くいくと思っていたのだろうか。
何故、どうして、俺はそんなにもそいつに駆り立てられたというのだろうか。
おれは工学部の図書室入り浸ってエンジン関係の資料を漁った。自動車の駆動系の仕組みを勉強して、どういう箇所に不具合が起きていれば車がコントロール出来なくなるのかを覚えた。
だがまったく壊れていても意味が無いから、ある程度走った後に致命的に破損させるにはどうすればいいのか方法を検討した。
必要な工具は複数の店から時期や場所を様々に変えて購入した。修理工のバイトなどをして「研鑽」を積むとそこから証拠が流出する恐れがあったので、練習はすべて図面を舐めるように見て行った。それで失敗してしまうわけにいかなかったので丸2年をその準備に費やした。
そいつのSNSをつぶさに読んで、そいつがガレージの暗証番号に使いそうなワードのリストを割り出した。
マンションのオートロックを掻い潜るために、住人の通販サイトのIDを入手して購入品の配送日を調べた。
4年生を前にしてすべての準備が万全と言える状態になった。
だから、おれはすべてを、行った。