「ああいいよ。」
とトレーニング主任がいった。強化合宿の指導者陣では、上から3番目。
「ええと。期日を半分以上残しての離脱だから参加費の返却なしで残りの設備費も負担のままだから。契約書に書いてあると思うけど。」
主任は淡々と続けた。どうも事務的なことらしい。練習以外の実質的なサポートはマネの人がやっているはずだから、今主任がこんな話をしているのは完全にはぐらかしだろう。自分に関心が無いからだろう。私はぶうとした気分になった。選抜合宿のハードさに耐えかねて、離脱を申し出た身ではあるんだけど。
「何、なんか文句あるの。」
私はあわてて顔を元に戻そうと勤めた。思っているところを突かれたから。そして確かに文句はあったから。
顕かに力量が劣っていたとしても、30日の合宿期間のうち12日までメニューをこなしたのだ。選抜に選ばれた高校生は50人。そのうち何人が生き残れるのかはあらかじめ知らされていない。
目隠ししたままダッシュを続けるような12日間だった。私は疲労した。体じゃない。体もだけど、精神が。しかし今の主任の反応である。
同情してくれとは思わないが、これではあまりにも冷淡というものだ。
「言っとくけど君のこと想定内だから。」
主任はデスク横に突っ立っている私と言うよりは、PC画面いっぱいに映し出されている個人データのグラフに言っているみたいだった。
「選抜でなんで50人も選ぶとおもう? 残る奴を選ぶためじゃないよ。墜ちていくやつを選別するためなんだ。団体スポーツなんでね。個人の技術向上は理論上頭打ちなんだ。だったらどうやってスキルの高い選手を育てるかじゃなくて、どうにかして素質の低い選手を見分けるかが問題だと思わんかね?
今回の合宿はその実験の意味が大きくてね。君の離脱はデータの一例というだけでそれ以上の興味はないんだよ。
分かる?
つまりどんなメニューを実施したら、どんな人間がそれに適応できないかを知りたかったんだ。で、君は12日目で離脱、と。ありがとう。これはこれで重要なデータだよ。」
唖然となった。
「何? まさか君、自分に自分にそこまで実力があると思ってたの? まあ選抜に残るくらいだから無いわけじゃないか。」
主任は棒グラフが延々張りつけられている画面をスクロールしていく。
「と、いうか今回の合宿はほとんどが君くらいのデータなんだ、実際。わざと同じ位の成績の選手集めたから。ほんとにスキルの高い子達はもう代表に選出されているからね。君らの合宿で何人生き残るかは主題じゃなくて、生き残ったメンバーがどんな練習に耐えて、どんな成果を上げたのかということを、代表メンバーの合宿に反映させるためのものだから。
だからありがとう。それだけのことだよ。スポーツは理論戦術の時代だからね。こういう実験はわりとどこでもやっているんだよ。」
主任は初めて私のほうを見たんだけど、その時の彼の目を私は二度と忘れられない気がする。
ボルトの螺子穴を見るような目で私を見たんだ。職人気取りか。
たくさんある道具類の一つ一つを点検して、不備のあるものは選別するみたいな。
知らずにチェスのコマになっていたような物凄い悪寒に襲われた。こういうのをスポーツだという。
私達は、数字で現われるデータを物理的に表現するための動く見本。
それだけ。
期待されたのは、まさにそれだけ。
ハシリ、
と背骨の真ん中に亀裂が走った。
四