屋久杉を見に行きたいのにはいろいろな理由がある。どれも大したものじゃないが。
世界遺産だからとりあえず見とこっかな、とか。都会の喧騒から離れてリゾートしようかな、とか。原始の森に人生の懊悩を捨ててこようかなとかなんとかかんとか。下らないことだ。
だからどちらかというと、子どものころじいちゃんが話してくれたことが、頭に強く印象していること
というのがもっともな処だろう、きっと。
じいちゃんは大工さんだった。とても仕事のいい大工さんと評判だったんだそうだ。鉋かけだの、寸法をきっちり決めたり、釘うち、鋸がけ、じいちゃんがするとどうも仕事が違うんだ、と信頼している人が多かった。
でも、私が覚えている限りじいちゃんはもう大して大工の仕事はしていなかった。
時代が変ったんだと。じいちゃんは木を立てて家にするのが好きだった。
でも私が生まれた頃から流行というのか嗜好というのか、そんなのがだんだん前と違ってきて、鉄で部品を組んでただ無表情に組み立てていくやり方の会社が増えた。
じいちゃんは、そういうのがなんか好きになれなくて、70を越えるころにはもうよっぽど親しかった人の頼みで無い限り、道具箱の蓋を開けることをしなかった。
だいだい日がな家の縁側に座っていて、ずっとそこにいた。
じいちゃんはどちらかというと良く喋る方だったけど、大工さんだったから木の話をすることが多かった。私はいつもじいちゃんの話を聞いていた。いるんだけど、なんだか難しいことも言うし、それにけっこうぼけてもいたので同じ話を何度かする。あんまり楽しいことではなかった、私は、実際。
今でもよく覚えている。
じいちゃんはあるとき「みてくれのワルイ木」
の話をしたのだった。
「なんと言っても一番いいのは太く真っ直ぐ伸びた木だ。」
じいちゃんは縁側に居る時、3つの新聞社から取っている新聞を隅から隅まで読みながら、柿の種をぼりぼりやっていた。その時もそんな感じだった。
「まず姿がいい。地面に落ちて埋まっとったようなもんが天を突くばかりに伸びとる。これは姿がいい。見とっても胸がすく。次には仕事にいい。まっすぐな木っちゅうのは中の身の肌理も綺麗にそだっとる。これは柱にしてもいい。床にしてもいい。こういう姿のいい木を仕事に使うとお客さんも喜びんさる。それに直な木というのはこれはこれで賢い木でもある。」
私はじいちゃんの柿の種の袋からかってに二つ三つとってじょくじょく噛んだ。のみこんでから聞いた。
「木が賢いなんて、どういうこと?」
「山んなかでも風が通る。大風が吹くと木がしなる。真っ直ぐに高く伸びた木は大風に弱い。しなりが強けりゃ斃れることもある。しかしこれは木が賢いんだ。斃れても、自分は腐って次の若い木の餌になる。無駄なことにはなりゃせんだ。自分がこれ以上立っとれんと思うと木は悟ったように斃れる。実に賢い。」
私はまた、小さいオカキをじゃこじゃこしながらほんまかいなと思って聞いている。
「そしていい木があれば当然悪い木も生えることがある。どんなんか分かるか。」
「しんね。」
私は自分の祖父にそんな口を聞いた。
「素直でない木だ。大風が吹いても斃れんような木は性根が悪い。真っ直ぐのまま立っとれんと思ったらひん曲がってでも立っとろうとする。そういう木はみてくれがワルクなる。中の身も荒くて悪くなる。そうなっても、どうにも立っとろうとする木がある。ワルイ木だ。そして狡い木でもある。」
「へー。木がなんでこすいの?」
「お前は人の話をよう覚えとらんなあ。立っとれんようになって斃れたら、次の若木が生えれるちったろうが。身のぐずくなったような汚い木がまんだ立っとったら、素直に伸びる木の餌まで食っちまう。ほんに性の悪い木があるもんだ。なんだあお前見とるようなな。」
じいちゃんは大分皺まみれになった顔をにやりと笑えて見せた。酷いいやな顔だった。
わが祖父ながら言うことがあんまりだと思った。でも言い返すしろも無いと思った。確かに私はたいそうワルイ。
デブで見た目も悪けりゃ勉強もできない。喋るの下手だから友達も居ない。太ってて運動も苦手だから、体育の時はどのチームに入るのも嫌がられる。私は学校に行かないことの方が多かった。だからこうしてじいちゃんの話を聞いていることが多かった。
私が不機嫌な顔をしているのに、お構い無でじいちゃんは話す。
「なあ、おい。みてくれのワルイ木がなんでそんなに立っとれるか分かるか。」
私は黙っていた。
「根え張っとるからだ。深く広く、他の木の餌を盗るほどに堅く根え張っとる。なんでか。今度も斃れんようにするけえだ。
前の風で斃れかけた。なら今度おんなじのが来た時も斃れんように、必死に根え張る。なんでか。生きとりたいけえだ。死なんようにしたいけえだ。
みてくれのワルイ木はいいところがなんにも無い。だが死なん。斃れん。生きる力が非常に強い。浅ましいくらい強い。お前見とるとなんだ、そんなような。」
私はじっとじいちゃんの話を聞いてた。
「お前はな、見えとる部分がワルクでも、地面の下にはしっかり根え張るこだ。どんなに姿が悪くなっても性悪になっても、死なんように土にへばりついとる。
あんまりいいことじゃないかもしれんなあ。だけど、それもお前の才能ちゅうもんだ。才能だけえ、なんぞ役に立つこともあるかもしれん。
それになんぼみてくれがワルなってもな、孫が生きとる姿を見るっちゅうのはじじいにはいっちゃんいいこっちゃ。」
それから10年ほどしてじいちゃんは死んでしまって、私は屋久杉を見に行こうか迷ったままだらだらしている。
じいちゃんに悪口を言われたように思っていたけど、本とは違うんだって分かってた。でもじいちゃんが話さずに逝ったこともあるのをだんだん分かってくる。
いや、違う。じいちゃんは、ちゃんと言ったんだった。
人が、誰もが一番求めるものは、どんなに風に叩かれてもそれでもなお、ただただ天に向かって伸びていく、素直で強い木なんだと。元がとても強いから、風に呷られても負けない木なのだ。
そういう木はきっと何千本とかに一本かだ、あてずっぽだけど。人間でいうと天才とかスターみたいなひと。皆から愛されて、大事にされるようなひと。
私はひんまがった、みてくれのワルイ木だ。誰も相手にしない。それどころか、邪魔者なんで嫌われる。
しかし私は死なない。私の根は何処までも伸びていって、私を死なないようにさせる。
じいちゃんが言いたかったのはそういうことだったと思う。
それについて、私が思ったことを、じいちゃんに何一つ、言ってあげることは出来なかった。
一