「歩く」という意図だけがある
「なんで歩くのか」
「どこに向かって歩くのか」
という文脈は無意味である。
私はただただ歩いて行く。
強いて言うなら歩くために歩いて行く
歩くにしては
それなりに酷い道を
ただただ歩いて行く。
そもそも道もない
どこに通じているのやら知らぬ。
大地は乾き足場は悪く
飲み水もなく身を守る物も無く
暗くも無く明るくもなく
辛うじて地面と境目が分かる程度の
青み帯びた天井の下を
白い砂を踏みしめて私は歩く。
あるいは汗で流れ落ちるように
あるいは呼気で散じていくように
「人」であった私の
「私」であった人というものが
解けるように枯れるように
すこしずつ減っていく。
私は歩きながら
私を失っていくのである。
それでも私は歩いていくのだ
私が私であることを
一ミリも残さず無くしてしまうまで
そうなるまで歩くことを辞めることは出来ない
↑いつか死んで地獄に落ちたら
私はこういう罰を受けたい