小説「人形症」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「なんか、おもしろい記事見つけた。」

 ベッドに寝転んで大学の図書館から借りてきた心理学ジャーナルを読んでいた同居人が言った。私は失業していたのでネットの求人情報をぐりぐりロールしている。見込み、薄い。

「何が?」

「人形症っていう症例が起案されてる。」

「なに、それ。」

 彼は大学院で心理学を学んだ後首尾よく学内の施設に就職できたので、ゆうしゅうなのです。

「なんというか、女性の深層心理に関する研究レポートかな。曰く。『女の人は意に沿わない役割を与えられてそこから逃げ出せないという状態に心理的な快感を抱きやすい性質を持っている』とな。」

「なんか、意味わかんないけど。」

「君もリカちゃん人形願望とかあったんじゃないの?」

 同居人は起き上がって呑みかけたままに温くなったビールを思い出したように啜る。

「ない。」

 私は答えた。

「女の人って自主的になにかするより、第三者から言われた役割に徹するのが歴史的にスタンダードだろ。それは精神の構造がそういう状態により快楽を得るようにできているから、とある。つまり、着せ替え人形になったみたいな。」

「でもそれがいやだという人もたくさん居たから、今の世の中があるでしょう。平塚雷鳥とか。」

「きっとそういうい人達はどっちかっていうと男性脳なんだよ。脳は女性の状態から始まって、進化の過程で男性化する。」

「しかし近年男性でも情勢的なライフスタイルの人が増えていますが。」

 あんまり愉快な話題じゃないので私は言い返す。

「うん、そこなんだよなあ。」

 同居人はえらいむずかしい問題も考えるようにこめかみのあたりに手を中てた。

「なにがそこなの?」

「結局、おんなの人にそういう因子があったから世の中がうまくいってたんじゃないかなあ、ということ。企業とかで女のボスが経営破たんして自殺するのってあんまり聞かないじゃん。結局それはさ、おんなの人のほうが耐えられるんだよ、先天的に。

 ‘自分はこの役割に拘束されている”

 という状態に萌えられるからさ。ストレスから生還できるんだ。

 半面おとこで考えると、不本意な状況に永く置かれることに絶大なストレスを感じちゃうだろ。それでいて状況改善ということに関してあんまりアイディアが湧かないし。だから安易に死んじゃうじゃないのかな。よく分からないけど。」

「じゃあ女性脳が進化して男性化するのって、よくないこと?」

「そういうことはあんまり明言するもんじゃない。まあしかし、女性が男性化して自立するようになったからこそ、全体としての精神がバランスとろうとして男性の女性化が目立ってきてる、と、だめだな。根拠のない議論だ。」

 同居人はそれきり話題を辞めてしまった。

 人形症か。

 一つ思うことがあるなら、

『おんなの人が快感を感じている状態』

 で社会を維持することが今出来てないんじゃないかな、ということ。自律運動してるおんなの人今たくさん居るから、

『人形』

 に徹して役割をコントロールしてもらう状態って少なくなってると思う。

 同居人が言ったような理論が正しいのなら、それはどこまでいってもおんなの人の欲求不満の表現でしかないように、私は思った。