すごいぞ日本の歴史 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

かっこよすぎるぞ

万葉集


武者小路実篤と川端康成と志賀直哉

が監修して昭和43年に発行された解説付きの

(うまれてねえ~)

読んでいるんですが


おもしろいぞ!

万葉集


日本史の真相とか古代の言語の成り立ちとか

がっつり学べますねえ。うっとり


とりあえず天平期までの和歌と

平安に入ってからの和歌では

意味というか使用方法が全く持って違うみたいです。


源氏物語に出てくる和歌も好きだけど

このころはもう日常的に連絡取る方法に使われてるから


今で言うデコメみたいなノリですね(きっと!)


対して斉明天皇や高市黒人なんかが読んだ歌は

実用性重視のしろものです。


つまりこの時代歌を詠むことは多く

儀式的な意味が有ったのです。


例えば仁徳天皇のお后と題されているものに


君が行き け長くなりぬ 山尋の 迎えか行かむ 待ちにかまたむ


という歌が有りますがこれなんかはぱっとみ恋歌にも取れますが真意は

山中のお墓の中に「逝って」しまった夫君に呼びかけているものであります。


生と死の概念が今ほどはっきりしていなかった古代は

人もモノも動物も

その魂がふらふらさまよい歩いて

時々生きたり時々死んだりするものだと考えられていました。

風に飛ばされるようにふらふらふらふら

山中を彷徨う魂に在りし日の思い出なんかを語りかけてその心を慰めるわけですな。


この方法は何も死んだ人ばっかりでなし、

重症の病人の枕元で


私がこんなにあなたを必要としているのに無碍に一人で行ってしまうのですか

とか

あなたはこんなに素晴らしい人なんだからこんなことで死ぬはずがない

とか歌に詠んで体から離れそうな魂を繋ぎとめようとすることもあったのです。

(↑現代風に解釈すると、

草薙剛さんが主演したタイトル忘れたあの映画で、末期がんの奥さんが毎日楽しい物語を読んでいるうちに寿命が延びて宣告されていたよりかなり生き延びた、という事例が示すように、嬉しいことたのしいことを思い起こすと脳から体全体が活性して免疫が高まることは事実です。

昔のひとはそうと知らなくても同じ効果を狙ったんじゃないかなあ)


しかしそうなると、

当然逆のパターンもあるわけですね。


政局にじゃまっけだから

「死なないかなあ~」

と思ってるライバルに、それとなーく(寝てるとき時とか)


あなたはもう亡くなっているんですからこんな風に現世にとどまってはいけませんよー

はやくあちらの世界にいらしてくださいねえー


とかくちくちやってたら無意識のうちに

「あ、おれ死んでんねや」

と思ってぽっくりいっちゃってたりなんかしたりして(こわいな)


とある方のブログで、致命傷を負った動物などは、人間がどんなに助けようとして手を尽くしても、自らの死を悟ると電池が切れるようにすーっと死んでいくんだそうです。

「おれは死ぬんだ」

と思うと本当に死んでしまう。


ある意味、この世はすべて思い込み。

生きるも死ぬも思い込み。


だからこそ、何を思うかをコントロールするために

和歌という言語の使い方が生まれたんでしょうなあ。


深いぞ

万葉集