小説「肉団子小説」 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

遼子先輩が映画に出てくる「あのスープ」を再現する技術を持っているという噂は、我々独居男子の間を疾風のように駆け抜けた。

「なんだよ、『あのスープ』って。」

 情報が曖昧にもほどがある。

「だから。某映画の最初のほうでさ、主人公が晩飯の買出しに街の惣菜やみたいなところにスープを買いに行く…。」

「ああ、『おじさん、肉団子』二つ、ってやつだな。」

 小学生のときに見たアニメ映画はおれ達第二テレビっ子世代にとってはインパクト絶大である。中でも旨そうなものに視線が行くのは当然だ。しかし、実写映画と違ってアニメ作品は画面の中で登場人物たちが食べているのが果たしてなんなのか、あるいは画面のほんのちょろっぽにしか映っていないんだけど激しく旨そうなあれはいったいなんなのか。これはほとんど想像力の拷問である。答えが無い以上終わりの無い疑問である。

 その日おれ達空手部一年三人は、バカみたいに何をするでもなく学食のテーブルを占拠してだらだらしていた。

 本当に下らない話なんだけど、男子大学生が集まったら食い物の話にしかならんのだ。おれ達は全員彼女もいないし、食事は一日二食でうち一食はかならずコンビニなので、はっきり言ってうまいものには年中飢えている。

 あとの二人は映画に現れるうずと詰まれた肉団子の味覚的攻撃力にやられているようなんだが、おれはちょっと違っていた。主人公の少年が買っていたのはどう考えてもスープで、(店番のおじさんが水筒みたいなのにおたまで入れてやっていた)更に別売りの肉団子を二つ追加していたのだ。

 肉団子だけ別売りというシステムがよく理解できないのだ。日本で言うなら、弁当屋で味噌汁豚肉別売り、みたいな感じだろ。なんで豚汁じゃねえんだよって、暴動が起きるよ。

 これは国の違いなのか、時代がそうさせるのか、分からない。よく分からないことは、だからこそ心惹かれる。

「はい、はい、分かりました。買出しすればいいんすね。あと学生部に。はい、分かりました、申請だしときますんで。よろしくお願いしまっす。」

 いつの間にか一人が誰かに電話を掛けていた。

「オッケー取れたよ。」

「何が?」

「遼子先輩が肉団子のスープ作ってくれるって、調理室で。」

「まじか!?」

 心が広いのか、単に暇なのか、拘らない質なのか、空手部女子主将の遼子先輩はその音男前っぷりでおれ達男子部員に絶大な支持を得ている。肉団子作ってくださいなんて、ずうずうしいのも窮まった依頼をこともなげに応じてくれたんだそうだ。

 遼子先輩は栄養学部の学生である。授業の一環で調理場を使うことが多いし、食品関係のサークルもいくつかあるので学内にある調理室は、基本申請さえ通れば学生は自由に使っていいことになっていた。おれ達が出した申請が降りたのは、金曜日の午後だった。

「やろうども、買いものはしてきたか。」

 男三人でスーパーの袋提げてのこのこ調理室に入ると、遼子先輩はすでにそこにいて必要な道具を調理台に並べていた。まな板はそこにあるものを使っているが、鍋や包丁は自前である。さすが。

「遼子先輩はなんであのスープの作りかたしってるんですか。」

 おれ達の一人が聞いた。

「え、だって映像で見たらだいたいわかるでしょ?」

 すごい。おれ達なんかとは心がけが違うんである。

 遼子先輩は旋風みたいに作り始めた。鮮やかな手つきで玉ねぎをみじん切りにすると、ひき肉とパン粉、玉子、牛乳、それになんかちょっと粉、塩コショウの入っているボウルに入れ込んだ。

「簡単でしょう、肉団子なんて。こうしてひき肉にぱぱっと混ぜて、それからまるめてまるめてまるめてまるめて。」

 あっという間にひき肉を丸い塊の山にしてしまうと、遼子先輩はコンロで大きな鍋に湯を沸かし出した。その隣にもう一つ片手鍋をかけると、いつ切ったのか細かく切った野菜を油で炒めだした。

「スープはね、きっとミネストローネみたいな感じだと思うのよ。ニンジン玉ねぎセロリを炒めて炒めて、軽く炒まったらトマトの缶詰入れてまた炒めてちょっと煮詰まってきたら、コンソメスープじゃっといれてお豆も入れて、しばらくことこと煮てる間に、お鍋に湯が沸いてきたからさっきの肉団子を茹でて、あんまりいっぺんにたくさん入れるとお湯の温度が冷めるから、少ずつ。浮き上がってくるのを待ってしっかり火が通るを待つ。」

 解説しながら遼子先輩はあっという間に肉団子とスープを作ってしまった。

「本来は油で揚げるんだと思うけど、てんぷら鍋使うと持って帰るのがめんどくさいし、君たち普段油ものばっかり食べてるからこれでいいのよ。」

 おれ達は食器棚から適当にどんぶりとスプーンを探してきた。

「肉団子は原則一人二個までね。」 

 それが、召し上がれの合図だった。なんとも言えない赤い色のスープ。何種類もの野菜の香りが溶けて、そそるなあ。

 おれ達は我先に肉団子の山に手を出した。昼飯はけして少なかったわけじゃないけど、三人とも物も言わずに齧り付く。と、

「これだあ~。」

 三人同時に言ってしまった。

 これこれ。これこそあの映画のスープだ。これはきっと、肉体労働する庶民のための食べ物なんだろうなあ。そういえば映画の中でおっさんたちがなんだか景気の悪い話してたっけ。肉団子が別売りだったのはやっぱり時代がそうさせたんだ。みんなあんまり肉を食べられなかったんだ。

 もくもくと食べながら、おれはすっかり映画の世界に入り込んでいた。特別おいしいわけじゃないけど、長い間抱えていた疑問をまるかじりしているのはとてもいい気分だった。

 ああ、付き合いたい。

 恐らく自分以外の二人がそう思っていることを各自知っている。おれ達の中で先んじるのは一体誰なのか。

 しかし今は、だれの腹を探っても、入っているものが同じなんだからどうも変な感じだなあ、と思いながらおれはスープを完食した。